恋するあたしと濃い天使

真砂の部屋にいた、見るからにあやしいおっさん!
彼は恋天使《キューピッド》だと名乗り、真砂の恋を応援したいと申し出るが……見た目が怪しすぎる……。


   4 恋の相談ならオマカセ!

 真砂の眼前に、鞄に入れていたはずのパスケースが突き付けられる。そこには爽やかにクラリネットを吹く男子生徒の写真。視線はカメラ目線でないので、隠し撮りされたものをだろう。
「ッキャーッ! 青木先輩ステキステキステキ! キャーッ!」
 真砂は両頬を抑えながら、その場で悶絶する。
 ──が、ふと我に返って、おっさんキューピッドを睨みつける。
「い、いつの間に、あたしのパスケースを……」
「吹奏楽部の青木クン。真砂サンの恋するお相手デスね?」
「キャ―ッ! 先輩カッコイイ! 先輩ステキ! 先輩のクラリネット欲しい! キャーッ! 間接キッスよぉぉぉぉぉ!」
 真砂、またもや妄想悶絶発狂狂宴。
 つまり憧れの青木先輩の話題を振ると、彼女はどうあっても自然体でいられないのだ。恋は盲目という以前に、行き過ぎた恋する乙女は変態ストーカーになる。
「ハッ! あ、あんたには関係ないじゃないの!」
 先輩ラブラブ発狂モードから、素早く我を取り戻した真砂は、おっさんキューピッドの手から、パスケースを奪い返した。
「関係ありマス。真砂サン、今からワタシがアナタに勇気の魔法をかけます。ですから明日、青木クンに告白するのデス! ワタシはアナタと青木クンの愛の架け橋になるために、地上へ舞い降りてきたのデス!」
 憧れの君の名を出されたものの、今の今まで勇気を出せずに告白していなかった真砂は、おっさんキュービッドの言葉に、ギリギリと奥歯を噛み締めるも、羞恥心で声が出せない。そんな真砂に、おっさんキューピッドは追い打ちをかけた。

「青木クンは今、フリーです。今が旬で狙い目デスよ!」
 ──何がだよ。何が旬で何が狙い目だよ!──

「あ、あんたには関係ないって言ってるでしょ! 愛の架け橋? なによそれ。意味分かんない。あんた、橋専門の土建屋なの?」
「オオウ……イマドキの地上の女子高生の知力はここまで低迷しているのデスね……こんなごく一般的な慣用句の意味も通じないとは……」
 おっさんキューピッドが額を抑えて左右へ首を振った。
「なによぅ! い、一応成績は中の上くらいは維持してるわよ!」
「ちなみにワタシのデータですと、全国平均より下回っていマス。ご自分の学校の偏差値全国ランキングを把握していないのデスか?」
「お母さーん! 包丁貸して、包丁! 太い骨とか切れる出刃でば的なスゴいやつ! あたし、今ならためらわずに殺ヤれるから!」
「いけまセン! いけまセン! 落ち着いてくだサイ、真砂サン!」
 今にも部屋を飛び出して行こうとしている真砂を、おっさんキューピッドは必死に引き止めた。

「という事で、ワタシ、しばらくここでご厄介になりマスので、ドウゾよろしく」
「まさかこの部屋で寝泊まりするとか言うんじゃないでしょうね?」
「安心してくだサイ。ワタシの姿は真砂サンにしか見えまセン。なんの不都合もありま……」
「ありまくりだっつーの!」
 真砂は学習デスクの上にあった書道用文鎮をおっさんキューピッド目掛けて投げ付けた。

「消えろ」「います」「帰れ」「残る」という永遠に決着が付かない押し問答かと思われたが、着替えや就寝時は姿を消すという事で、真砂はおっさんキューピッドの居候を、満ち満ちたる不満に塗れながらも承諾した。
 おっさんキューピッドが、視界の暴力的胡散臭さ爆発の変質者という線は捨てきれないが、憧れの青木先輩への告白は、どうにか成功させたかったのだ。恋のためなら藁をも──否、超絶ごん太注連縄ですらわし掴む思いだった。
 明日の告白、この変質者キューピッドに任せるには不安がつきまとうが、そろそろ何か動かねばと思っていた矢先の出来事だ。
 真砂は拳を握りしめた。

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