恋するあたしと濃い天使

真砂の部屋にいた、見るからにあやしいおっさん!
彼は恋天使《キューピッド》だと名乗り、真砂の恋を応援したいと申し出るが……見た目が怪しすぎる……。


   3 恋天使は濃い天使?

 手にした携帯でディスプレイに110番を表示させたまま、真砂とおっさんキューピッドは向い合って座っている。
「とりあえずあんたを“普通のヒト”じゃない事は認めてあげる」
「オオウ! ヒトじゃない、ではなく、キューピッドなのデスよ?」
「せめてもの妥協案なんだから、これ以上その単語を口にするんじゃないわよ! ファンシー冒涜者!」
 真砂の剣幕に、おっさんキューピッドはゴツい体を精一杯小さくして、両手で拳を作って口元へ当てつつ、「こわぁい……」と見た目にそぐわぬぶりっ子ポーズ。
 ここでも真砂は自我が崩壊しそうになるのを、学習デスクの角に自分の頭を叩きつける事で、何とか持ちこたえた。
 そろそろ頭が割れて血が流れるかもしれない。
「とにかく……あんたがなぜ、あたしン家に不法侵入して、あたしの部屋であたしの漫画読んでたのか説明しなさい」
「ハイ。それはですね」
 おっさんキューピッドは白い歯を輝かせながら答える。
「この場所に、恋に悩む素敵なレディーがいると、大天使様が仰っておられたのデス」
「また胡散臭い単語が出てきたけど、ステキなレディーってのは、まぁ……ホントの事だしぃ?」
 真砂はフフンと鼻を鳴らして、少々乱れていたポニーテールをハラリと背に払う。

「デモ、ここにステキなレディーはいませんでシタ」
「お母さーん! 近所に眼科無かったっけ?」
 ドアの外に向かって真砂が声を張り上げる。
「オオウ、何故に!? ワタシの視力、左右とも十メートル先のシマウマの縞の数が数えられるくらいありますデスよー! 眼科必要ないデース!」
「フン。まぁいいわ。あたしの漫画、勝手に読んでた理由は?」
「……そうデス! それデスよ!」
 おっさんキューピッドが、先ほど感涙に咽び泣いていた漫画を真砂に突き付ける。

「きっと大天使様の仰ったステキなレディーとは、この“愛美チャン”の事だったのデス! 恋する愛美チャンは、ワタシの力を借りずとも、憧れの彼とハッピーエンドで本当にヨカッタ! 愛美チャンこそ、ワタシの出会うべきレディーだったのデス!」
 感涙しながら、おっさんキューピッドは漫画の表紙に頬ずりした。
「お母さーん! 悪いけど俊介の練習用バットに釘何本か刺して持ってきて。あとそれから、あたし今からちょっと、ひと犯罪、犯おかすから! あとよろしく!」
「チョット待ってくだサイ! チョット待ってくだサイ! その釘バット殴打事件の被害者になるのはダレですか!?」
 おっさんキューピッドはガクガクと真砂の肩を掴んで揺さぶった。

「触んないでよ、不法侵入変質者!」
「オオウ! なんたるワタシの人生の儚さよ! 初仕事もこなせず、大天使様に申し訳ナイ!」
 おっさんキューピッドは目頭を抑えて大仰に空を──いや、大人気アイドルグループのポスターが貼ってある天井を仰いだ。
「初仕事? あんた、前の会社にリストラされてホームレスか何かだったの?」
「不躾に容赦ないヒドい言い種デスね。ワタシ、気にしないのでいいデスけど。今回のお仕事は、ワタシが生まれて初めての、恋のお手伝いというお仕事デスよ?」
 真砂は不穏な予感を抱きつつ、問い掛けてみた。
「生まれてって……あんたの歳、その容姿で幾つなわけ?」
「ううむ、天使やキューピッドに正確な年齢など存在しないのデスが……人間の年齢に換算すれば、ワタシは今年で十二才くらいでショウカ?」
「俊介おとうとと同じ歳ですって!? いや明らかに嘘でしょ、それ。あんたおっさんだもん」
「本当デス! キューピットは生まれてから姿は変わらず成長しないのデス! その証拠にほら、免許証にもちゃんと……」
 と、彼が取り出したのは、“天上界認定天使任命免許証《てんじょうかいにんていてんしにんめいめんきょしょう》”と書かれており、確かに目の前のおっさんキューピッドの顔写真と、見たこともない西暦っぽい年号で書かれた生年月日が記載されていた。
「何それ? ちょっと前に流行った不良ネコ免許証みたいなチープさと胡散臭さね」
「でもコレは、ちゃんと天上界認定てんじょうかいにんてい天使教習所てんしきょうしゅうしょで試験を経て取得したもので、嘘偽りは一切書かれてないのデス。そもそも天使は悪意ある嘘吐きません」
 おっさんキューピッドはムキムキの胸を張って答えた。

「ああ、もういい。とりあえずこれが夢でなくて、あたしの目の前には変質者がいるっていうのは認めるわ。だからさっさと出て行って」
「ソウはいきまセン。ワタシ、まだお仕事終わってまセンから」
 おっさんキューピッドが真砂をビシッと指差す。
「真砂サン! アナタは恋をしていマス! 間違いアリマセンねっ!?」
 思わずたじろぐ真砂。
「名乗ってないのに、なんであたしの名前知っ……」
「それはワタシが全てお見通しのキューピッドだからデス!」
 ムンッと上腕に力こぶを作り、立膝で凄むおっさんキューピッド。
「お母さーん、なんか確実に相手に致命傷与えられるような、投げられる物ない? お父さんのボーリングの玉とかでもいいよ! あたし頑張る!」
「ホワット!? まだワタシを愛のキューピッドだと信じてもらえないのデスか!」
 おっさんキューピッドが叫ぶと同時に、真砂が発狂した。

「だからあたしの前でラブリーキューピーとか言うなぁ!」
「ラブリーは言ってまセン! それにキューピーでなく、キューピッドなのデース!」
「とりあえず先制広辞苑クラーッシュ!」
「ゴハァッ!」
 真砂の投げた広辞苑は、見事に角でおっさんキューピッドの顎を捉えた。

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