恋するあたしと濃い天使

真砂の部屋にいた、見るからにあやしいおっさん!
彼は恋天使《キューピッド》だと名乗り、真砂の恋を応援したいと申し出るが……見た目が怪しすぎる……。


   2 事情聴取をしましょう

「……というワケで、ワタシは恋のキューピッ……」
「嘘だわ! この通話ボタン押すだけで、警察呼べるんだからね? 分かってんでしょうね?」
 真砂は携帯のディスプレイに表示させた”110”という文字を、”ソレ”、否、”カレ”の顔前へと突きつける。
「オオウ、どうしてワタシの話を聞こうとしないのデスか?」
「見た目と滲みだすオーラが百パーセント不審者だから」
 鮮やかなる、即答。
「信じてくだサーイ。ワタシは本当に恋のキューピッドなのデス」
「マヨネーズのキャラみたいな可愛らしい容姿ならともかく、あんたのどこがキューピッドだってのよ!? 牛皮人(ぎゅうひっと)みたいな格好して! あ! あたし今、上手い事言ったから笑っていいわよ!」
 真砂の指が通話ボタンに伸びる。しかし場の雰囲気は極寒まで冷えきっていた。
 全然上手い事、言えてない。

 必死に自分を恋のキューピッドだと主張する彼の服装は、確かにファンタジーや童話そのものの、キューピッド衣装だった。

 白くて丈の短いローブ。背中に生える対なる小さな翼。ハートの矢尻が付いた、丸くて小さく、華奢なピンクの弓矢。短い金髪はつやつやクルクルの癖っ毛。まさにタテ・ヨコ・ナナメ、どこからどう見ても、ファンシーでプリティーなキューピッドのいでたちだった。
 しかしここで焦って早合点はいけない。早合点しようもない、胡散臭さと異様さが、嫌でも目に付くはずだから。よく注意して見なくても、その愛らしい衣装に包まれた肉体は、胸筋プルプル、二の腕モリモリ、腹筋はメキメキ割れて、全身ボディービルダーばりのガチムチのおっさんだった。

 天使の白チュニックから、放送コードに引っかかるために見えてはいけない”モノ”が、見えそうで見えないギリギリの、鉄壁絶対防御を兼ね備えた股下数センチの裾。上半身の服は本来ふんわりイージーなシルエットのものなのだろうが、ぱっつんぱっつんに引き千切れそうな厚い胸板を収めるために布の限界いっぱいまで引き伸ばされている。ついでに脇の汗染みが気になる。愛の弓矢が、指先で摘まむだけで折れそうなほど華奢に見える、モジャ毛に塗れたゴツい筋骨粒々の上腕二頭筋。鼻の下の威圧感たっぷりの王様カール髭。
 ま・さ・に! 視界の暴力! 精神破壊力の凄まじさ! 存在そのものが”ファンシーなキューピッド”というものを侮辱している。全身全霊全力否定! 眼鏡やコンタクトレンズどころか、眼球そのものが尻尾を巻いて一目散に逃げ出すレベルでの強烈視覚的凶暴凶悪犯罪そのものである。

「どうです? どこから見ても愛くるしいキューピッドでショウ? そろそろワタシをキューピッドだと認知していただけないでショウカ?」
 おっさんキューピッドがバレリーナポーズでニタリと笑う。今にも光り出しそうな、ピッカピカな真っ白い歯を剥き出して。真砂は片膝を立て、ハァハァと肩で息をする。そしてぐっと携帯を握り締めた。

「あたしのファンシーを返せえええ!」
 発狂した真砂は持っていた携帯をジュウタンに叩きつけて、辛うじて自我の崩壊をまぬがれようと試みていた。

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