風薫る君 大好きな両親と家を失った幼い深咲を救ったのは、 銀の瞳を持つ美麗の双子の“きょうだい”だった。 妖が跋扈する緋ノ国に、疾風が舞う。迅雷が弾ける。 「……必ず、迎えに行ってあげるから」 |
三 乾かすために、干しておいてもらった着物に袖を通す。まだ濡れていてすごく冷たい。でも借りた浴衣は園桜さんのものだから、大きくて裾も引きずって、動くのに邪魔だから。 足音を発てないように、そうっと廊下へ出る。出口は……どっちだっけ? 見つからないように薄暗い廊下を歩き、ふと、あかりの灯ったお部屋を見つけた。きっとそのお部屋には誰かいるけど、この前を通らないと向こう側へは行けないし……。 もし、いきなり誰か出てきたら見つかっちゃうけど……行くしかない! 覚悟を決める。 さっきよりもっと慎重に足音を忍ばせて進み、息を殺してただ前へ。 そうしたら、お部屋の中の誰かの会話が聞こえてきた。薄い障子越しだから、声ははっきり聞こえるの。 「そんな! じゃあ深咲ちゃんが、父の捜していた子だというんですか?」 園桜さんの声! でも、園桜さんのお父さんって……領主さま、だよね? どうして領主さまがあたしなんかを探して……って……も、もしかして! 妖狩りと称して、腕に覚えがある人たちを集めていたという領主さま。てっきり、風を操って空に浮かぶお船を持っている宙夜たちを捜しているのかと、あたしたちは仮定してたけど、それが根本的に考え違いだったとしたら? あたしも宙夜たちも、あたしが妖だと……半妖なんだと知らなかったから、てっきり宙夜たちが探されてるんだと思ってた。でも、領主さまが捜してたのは、あたしだったとしたら? ううん、間違いないと思う。きっと……あたしを探してたんだ。でもどうして、あたしを探してたのか……。 ん、と……なにか手掛かり……手掛かりはなにか……あったっけ? ……そうだ。あたしのお母さん。 あたしは、お母さんを知ってる人に攫われた。お父さんの名前を聞いて、お母さんを強くなじった。それからお父さんとお母さんの娘であるあたしを、“穢れたモノ”って罵倒した。 あの頭巾で顔を隠してた人、もしかしたら領主さまだったのかも。領主さまとお母さんに、どんな関係があるのかはまだ分からないけど、でもお母さんを知ってるから、娘であるあたしを捜してた。あたしは半妖だと、領主さまは知ってたから。そう考えられないかしら? その仮定を正しいとするなら……お父さんが……妖だったの? 「父が捜していたのは、伯母じゃなかったんですか?」 「領主の妹君は見つかったのです。けれど妹君は穢れた契りを交わし、当家の血筋を卑しめた。その証があの娘なのです」 「まさか! じゃあ……じゃあ深咲ちゃんは、妖との混血だと言うんですか? あんな小さな子が!」 園桜さんに、知られた……っ! あたしのこと、園桜さんに……! ガクガクと体が震え、あたしはきゅっと胸を押さえる。 お、落ち着いて……今は落ち着かなきゃダメ……取り乱しちゃダメ……。 あたしの推測した仮定は、ほぼ合っていたんだ。 お母さんが園桜さんの伯母さんってことは……お母さんは陽ノ都の領主さまの妹。お母さんがこの都を出てお父さんと一緒に暮らし始めて、あたしが産まれて、そしてあたしは領主さまにとって、許しがたい、穢れたモノって存在になったんだ。 お父さんが……妖だったんだ……。 言われてみて初めて、思い当たる節がいくつかあった。お父さんの名前を言った時、あたしを攫った人たちはあきらかに動揺してた。あたしはお山から降りたこともなかったし、知らない人と会話するなんてこともなかったから、なんの疑問も抱いてなかったけど、お父さんの名前は……妖として知られた名前だったのね、きっと。 「見た目は幼くとも、屋敷一つを崩壊させ、領主に大怪我を負わせたのは紛れも無い事実です。夕刻にあった不可思議な落雷騒ぎ、園桜様もご存知でしょう? あの落雷は、あの娘が引き寄せたのですよ!」 ど、どうしよう。あたしのことを知られたなら、あたしがここから逃げ出して御國さんのお店に戻ったとしても、宙夜や眞昼たちに迷惑かけちゃう。どうすればいいの? あたしはどこに行けば、みんなに迷惑がかからないの? 一生懸命考えたけど、答えは見つけられなかった。だってこの陽ノ都であたしが頼ることができるのは、宙夜と眞昼、御國さんだけなんだもの。あたしは一人でなにもできない。 ……とにかく今は動かないとダメ。ここにいちゃダメ。逃げながら、もっともっと考えてみよう。あたしがいても、誰にも迷惑がかからない場所。こっそり隠れられる場所。きっとどこかにあるはず。 できるだけ足音を発てないよう、そのお部屋の前を抜け、あたしは玄関を見つける。早く……早く行かなきゃ! あと一歩。あと手をひと伸ばしすれば、玄関の引き戸に手が届くというところで、あたしの襟が背後に強く引かれた。そのままあたしは引き摺り倒される。 「きゃあ!」 「逃げられると思ったか! 化け物め!」 あたしは男の人の手を振りほどき、その手に思いっ切り噛み付く。 「痛っつ!」 転がりながら玄関の扉へ近付き、姿勢を崩しつつも立ち上がって引き戸を思いっ切り開いた。 「深咲ちゃん!」 園桜さんの声。振り返ると、戸惑った園桜さんの姿が見えた。無言で唇を噛み、彼を振り切って、あたしは外へと裸足で飛び出した。 |
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