風薫る君

大好きな両親と家を失った幼い深咲を救ったのは、
銀の瞳を持つ美麗の双子の“きょうだい”だった。
妖が跋扈する緋ノ国に、疾風が舞う。迅雷が弾ける。

「……必ず、迎えに行ってあげるから」


   兄妹(きょうだい)

     一

 とぼとぼと、陽ノ都の御國さんのお店に戻ったあたしと眞昼。帰る道中、一言も会話はなかった。重くて苦しい空気に包まれたまま、あたしも何も言えず、眞昼も何も語らず、黙々と歩いて帰ってきた。
「おや。随分早い帰りじゃ……眞昼? どうしたんだい?」
 出迎えてくれた御國さんが、憔悴しきった眞昼を見て目を丸くする。
「……深咲ちゃん何があったの? もしかして何か、“力”を使わざるを得ないような事件でもあったのかい?」
 御國さんがあたしに問いかけながら、ふらふらで倒れそうな眞昼の肩を抱きかかえる。眞昼はもう限界とばかりに、御國さんの腕の中へ倒れこんだ。
「眞昼? おーい宙夜! 来てくれ!」
 奥の部屋へ向かって声を張り上げる御國さん。御國さんの切羽詰まった声に、宙夜がバタバタと大慌てでやってくる。そして眞昼の様子を見て、一瞬で顔が真っ青になった。
「眞昼! おい、眞昼どうした!」
 御國さんから奪い取るように眞昼の体を抱き留め、眞昼の虚ろな瞳を覗き込んで声を荒げる。
「深咲ちゃん。眞昼はどうしたんだい?」
「あの……あたしにもよく分かんなくて……眞昼が……園桜さんに嘘吐いてて……園桜さんが眞昼をすごく一方的に責めて……眞昼は何も言い返さなくて……ごめんなさいって……何回も何回も……」
 あたし自身、あんなに傍にいたのに状況がまるで分かってないから、御國さんの問いかけに要領を得ないことしか言えないでいた。ただ起こったことを、あたしの見たままを伝えたけど、それだけじゃ何も伝わらなかった。
「どういう事だい、それ?」
 あたしは大きく首を振った。だってあたしにも分かんないんだもの!
「眞昼。何があった? 話せるか?」
 宙夜の声に、眞昼が小さく反応する。のろのろと宙夜の顔を見上げ、息を詰まらせるように口を開いた。
「……返、して」
 ただ一つの言葉。誰も、眞昼の言葉の意味を理解できないでいた。ううん、宙夜だけが、すぐに眞昼の言葉の真意を、瞬時に理解していたみたい。
 ぎゅっと眞昼を抱き締め、御國さんを、あたしを見る。戸惑った目で、慄く手で、眞昼を抱いたまま口を開きかけたその時、眞昼がギリッと奥歯を噛み締め、宙夜の肩を強く叩いて床へと押し倒した。そのまま宙夜に馬乗りになり、襟を掴んで強く揺さぶる。
「返、して! 今すぐ返してください! わたしを……わたしを今すぐ返して! 返して!」
 半狂乱になって泣き叫ぶ、悲痛な声。
「あぐっ……眞昼っ! 落ち着け! 眞昼!」
「返して……っ! 返して……宙夜、返して……お願い、ですから……返し……」
 あたしたちのことなんて、まるで目に入ってないかのように、眞昼は宙夜に縋って泣きじゃくる。眞昼に組み敷かれたまま、宙夜は顔を背けて強く唇を噛んでいた。
「宙夜。眞昼の錯乱の原因に、思い当たる節がありそうだね」
 真面目な顔で、御國さんは宙夜に問いかける。
「……ああ」
「話してもらってもいいかな?」
「ああ。全部……話す。だけど今は……」
 御國さんは一度頷いて、そっとあたしの肩に手を置いた。
「分かった。じゃあ宙夜は眞昼が落ち着くまで、傍にいてやるといい。深咲ちゃん、疲れたろう。上がって甘いお菓子でも食べて待っていようね」
 宙夜と眞昼を残し、あたしは御國さんに連れられてお店の奥へと上がった。途中で振り返って見てみたけど、呆然とした宙夜に縋って泣く眞昼の姿は、あたしの知ってる眞昼じゃなかったの。弱くて脆い……ひどく傷付いて、壊れてしまったお人形みたいになっていたの。

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