風薫る君

大好きな両親と家を失った幼い深咲を救ったのは、
銀の瞳を持つ美麗の双子の“きょうだい”だった。
妖が跋扈する緋ノ国に、疾風が舞う。迅雷が弾ける。

「……必ず、迎えに行ってあげるから」


     三

 眞昼と二人っきりで初仕事。いきなり気が重いなぁ……でも眞昼だって、きっとあたしに、ちゃんとお仕事を教えてくれようとしてるんだと思う。だから一緒にって声かけてくれたんだよね? それをいつまでもワガママ言ってちゃダメだよ。
 でも……やっぱりちょっと気が重いなぁ……。
 身支度を整え、あたしはトコトコと眞昼のお部屋へ向かう。そっと襖を開き、足を止める。
 いつもなら、どんな時でも姿勢正しく正座してる眞昼が、ちょこんと膝を抱えて、小さく鼻歌を歌いながら何かを見ていたの。その表情はいつもの仏頂面ではなく、すごく嬉しそうで、どこか可愛く見える柔らかい優しい笑顔。こんな眞昼、初めて見た。
 普段の姿から想像できないほどにこにこしながら、手元の……お手紙? みたいなものを、何度も何度も繰り返し読んでいる。その背中はすごく楽しそうで、あたしもつい緊張が緩んで、にっこりしながら眞昼に声を掛けた。
「なんか楽しそうだね、眞昼」
「!」
 あたしの存在に全く気付いていなかったのか、眞昼は狼狽して、くしゃりと手紙を乱雑に折りたたんで袂に入れ、慌てて姿勢を正す。そしていつも以上に鋭く怖い眼光をこちらへと向けた。
「盗み見とは、随分高尚なご趣味をお持ちのようですね。卑しさ甚だしく、育ちが知れますよ」
 うっ……。
 さっきの、楽しそうな眞昼の姿はあたしの見間違いだったのかも。
「そ、そういうのじゃなくて……だって眞昼の背中、本当に楽しそうに見えて……いつも難しい顔してるのに……」
 肩を落として呟くと、眞昼は額を押さえてふうと長いため息を吐いた。ほんのちょっとだけ、表情が和らぐ。
 もしかして眞昼、あたしがここに残るって言った時から、少しは気を使ってくれてるのかな? あたしがあんまり怖がらないように。
 だって今も、あたしがしょぼんとしてたら、雰囲気が少し和らいだもの。
「……宙夜や御國さんには、絶対話してはなりませんよ」
「う、うん」
 眞昼の内緒話? わっ、珍しいかも! ちゃんと宙夜たちには秘密にしなきゃ。
 あたしは廊下に誰もいないのを確認してから、襖をきっちり閉めてお部屋に入る。眞昼はどこか諦めにも似た、複雑な表情であたしに語りかけてきた。
「……わたしにも、気の許せる……知人の一人くらい、います」
「えっ? そうなの?」
「深咲さん、少々失礼ですね。ですが……宙夜や御國さんにも隠しておりましたので、そう思われても詮なき事もあるのですけれど」
 ちょっと驚いた。
 だって眞昼は、宙夜と御國さん以外の他の人にはすっごく厚い壁を作って、絶対自分から打ち解けようとしないんだもの。宙夜も御國さんもそういうような事、言ってたよね? あたしにも最初は……えと、たぶん今もあんまり、自分の本心を見せようとしてくれてないと思う。
 そんな眞昼が、気を許してる人がいるだなんて。
「その方と知り合ったのは……以前一度、依頼を引き受けたのです。少々大掛かりな荷運びの依頼で、大勢の運び屋が集められました。わたしはその中の一人としての出会いでしたが、その方は身分の別け隔てなく接してくださって、それ以来、わたしもずっと気にかかっていて」
 珍しく眞昼が饒舌になっている。誰にも秘密にしていたことを話せるのがよっぽど嬉しいのか、だんだん言葉にも表情にも、刺々しさや堅さがなくなってるようにも感じられる。いつもこういう眞昼なら、あたしも気負わず話しかけられるんだけどなぁ。
「……ですから、その一件以来、こうして時折、文を交換しています」
「眞昼はその人のこと、大好きなんだね。宙夜や御國さんみたいに素敵な人?」
「そ……う……」
 いけないことを聞いちゃったかのように、突然眞昼が言い淀む。あれ?
「……そ……そう、いったもの、では……ありません。そういったものと……ち、違う、意味で……ただわたし個人、から見て……そ、尊敬に値する……と申しますか……た、ただそれだけ、で……」
 ええっ? どうしてあの眞昼が、こんなにしどろもどろに?
 あたし、変なこと聞いちゃったのかな? どうしよう……また怒られちゃうのかな?
 眞昼は両手で軽く頬を打ち、いつも通りの険しい表情に戻る。
「あなたには関係無い事です。これ以上この事へ踏み込んだ質問は一切拒否します」
「う、うん。ごめんなさい」
 なんだか答えにくい質問だったのかな? これから眞昼に、個人的なことを聞くのはやめるように気を付けよう。
 眞昼は立ち上がって襟を正す。そしてふと、何か思い付いたように手を打った。
「深咲さん。この依頼にあなたを立ち会わせるに当たって、一つ約束してください」
 いきなりの提案を不思議に思いながらコクリと頷いて、首を傾げて眞昼を見上げる。
「依頼人に会って、仕事が終わってこちらへ戻ってくるまで、わたしを絶対に“眞昼”と呼んではいけません」
「うん、分かった。でも用事があって眞昼を呼ばなきゃいけない時はどうすればいいの?」
「そうですね……では“宙夜”と、お呼びください。よろしいですね? 決して言い間違え等、気を抜いてはいけません」
 眞昼がどんな意図で違う名前を名乗るのかは分からないけど、でも言い付けなら守らないと。“眞昼”じゃなく“宙夜”。うん、気を付けようっと。
「では参りますよ、深咲さん」

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