風薫る君 大好きな両親と家を失った幼い深咲を救ったのは、 銀の瞳を持つ美麗の双子の“きょうだい”だった。 妖が跋扈する緋ノ国に、疾風が舞う。迅雷が弾ける。 「……必ず、迎えに行ってあげるから」 |
二 昼食のお膳を囲んで、あたし以外の三人がお仕事の話をしている。 ご飯の時くらい、普通のお喋りすればいいのに。息詰まっちゃったりしないのかな? 「船が使えねぇとなると、運べる荷物の種類も量もぐっと減っちまうな」 「僕のところの一番の売りだったからねぇ、宙夜たちの船での運搬は。でも仕方ないよ。空を駆ける船を操れるなんて、君たちぐらいなんだから。その動力について詰問されたら、言い逃れできないだろう?」 「眞昼なら、舌先三寸で丸め込めるんじゃねぇの?」 「相手にもよります。知らぬ存ぜぬが通用しない者もいますから」 あ、そっか! あの空に浮かぶお船は、宙夜と眞昼が使うから浮いてるんだ。やり方とかはよく分からないけど、たぶん妖の力で、風を操ってるんだと思う。だって手を使わずに、物を動かせるって言ってたものね。 あんな大きなお船を空に浮かせて動かしちゃうなんてすごいなぁ。 でもだからこそ、都の空気が不穏なのに、そんなのを使ってたら、すぐに正体が怪しまれちゃうってことなのね。ようやくあたしも納得した。 「そういえばちょうど一件、妙な荷運びの依頼が来ているんだけど……慎重にならざるを得ない今の状況と時期だと、なんだか勘ぐっちゃうねぇ」 御國さんがお芋の煮染めを口に入れつつ、うんうんと一人で納得して頷いている。宙夜がお味噌汁を啜りながら、御國さんのお話に興味を示した。 「妙? 辺鄙な所へ運ぶのか? それとも荷物が変わってるとか?」 「うんまぁ、そんな感じかな? ちょっとご近所に声を掛けて、何人か人を集めれば運べそうな程度の荷物を、遠回りの街道を使って隣町まで運んで欲しいって、わざわざウチへ依頼してきたご婦人がいてね」 「女なら荷物運びも楽じゃねぇだろ。そういうのも有りなんじゃねぇの?」 御國さんは口の中のお芋をモグモグしながら、脇に置いてあった帳面をパラパラと捲る。そしてそれを宙夜に見せた。横から眞昼も覗き込んでいる。 あたしは……見ても分かんないよね。まだほとんど字が読めないし。 「は? 長持一つだ?」 宙夜が素っ頓狂な声をあげる。 「綺麗な身なりのご婦人だったから、きっとそれなりの商家かどこかの奥さんだと思うんだ。それなら余計に、自分の所の下働きでも使えばいいと思わないかい? ウチみたいな運び屋に頼む以上、無料って訳にはいかないんだし。それをわざわざ、裏通りにある僕の店に依頼するなんて、凄く奇妙だと思うだろう?」 御國さんや宙夜たちは、荷物を運んでお金を貰うっていうお仕事をしてるのよね? それなら依頼されたお仕事に、いろいろ難癖付けるっていうのはどうかと思うんだけど……。 奇妙なお仕事を受けるか受けないかで相談している御國さんと宙夜の手から、眞昼は帳面をさっと取り上げた。そして内容にじっくり目を通す。 「眞昼もその依頼、なにか変だと思うよね?」 「断ろうぜ。明らかに怪しいし、胡散臭いしよ」 宙夜と御國さんがこれだけ警戒するんだもの。やっぱり町での、妖狩りの噂と何か関係あるのかも。思慮深い眞昼だってきっと……。 「わたしがお引き受けします」 「やっぱそうだよなぁ? こんな怪しい依頼、断っ……は? 今なんつった?」 「この依頼、わたしが単独でお引き受けしましょう。さすがに長持を手運びという訳にはまいりませんから、馬と荷車を一つ借りますが、構いませんね?」 宙夜も御國さんもポカンとしてる。え、え? どういうこと? 「お、おい眞昼。こんな露骨に怪しい依頼……」 「この差出人の女性、わたしの知人です」 帳面から、御國さんたちが変だっていう依頼の詳細が書かれた部分を抜き取り、眞昼はそれを丁寧に畳んで袂へ入れる。 「眞昼の知り合い? だから僕の所へわざわざ依頼してきたのかな」 「おそらくは」 そっけなく答えて、眞昼は何事もなかったかのように、食事を続ける。 「お前が行くんなら、俺も同行しなきゃだよな。ああ、面倒くせぇ……」 「いえ。宙夜は留守番で結構です。隣町との往復だけですから」 荷物がひとつだけなら、二人で行くのも時間と労力の無駄、だよね? やっぱり眞昼って頭の回転が早いから、お仕事の取り組み方もすごく合理的ね。 「そりゃ、長持一つ運ぶのに、俺とお前が雁首揃えて出向くのは無駄だけどさ……本当にお前一人で大丈夫か?」 「何事も大雑把な宙夜に任せるより、わたしが適任かと思いますが」 頑としてこのお仕事、眞昼は譲るつもりはないみたい。 「そこまで言うんならお前に任せるけどさ……何かあったら、抵抗するなり逃げるなりしろよ?」 「わざわざ宙夜に警告されずとも、それくらい承知しています」 思慮深い眞昼がどうしてもって言うんだもの。宙夜も不承不承納得したみたい。御國さんはいつも中立の立場だけど、このお話自体を疑ってる。今もじっと眞昼の様子を見てるけど……。 「あの……眞昼は体、もう大丈夫なの?」 あたしはお仕事のことより、眞昼の体調のことが気になって質問してみた。眞昼は一瞬考えるように目を閉じて、そして淡々とした声であたしに語り掛けてきた。 「そんなにわたしの身を案じるのなら、深咲さんも一緒にいらっしゃい」 「え……ええっ? あたしが?」 一片たりとも思ってもいなかった言葉に、あたしは思わず声をあげた。宙夜もご飯を喉に詰まらせて咳き込み、御國さんも唖然としてお箸を落とした。 「だ、だってっ! あたしまだ、一度もちゃんとお仕事したことなくてっ! あたしそんな!」 「嫌でしたら結構。宙夜と留守番をしていなさい」 あたしは本当に、まだちゃんとお仕事をしたことがなくて、それにどういう状況の時に何をすればいいのかとか、まだ全然分かんなくて、あと……その……眞昼がまだちょっとだけ……苦手で……。 宙夜が一緒なら、そんなに気まずくないのかもしれないけど、二人っきりっていうのは……。 「深咲さんをのんびりと指導をしている余裕などありません。依頼内容としても、ごく簡単で実務修練としてちょうどいいのではないでしょうか。実際の仕事数をこなして、手順等を覚えさせるのに都合がいいでしょう。わたしが付いていれば問題ないはずです」 眞昼は食べ終わった食器を片付けながら、淡々とした言葉を紡ぐ。 「いや、でもお前。また深咲、泣かすだろ?」 「はい? 今までも、わたしにはそのような意図はございませんでしたが?」 ぐすん。眞昼にそのつもりがなくても、あたしには眞昼の言葉の刃が、プスプス突き刺さってきて怖いのぉ……。 眞昼……無自覚だったんだね……。 「なんと言われようと、わたしはこの依頼をお受けします。深咲さんはどうなさいますか? さっさと決めてください」 ど、どうしよう……断ってもいいのかなぁ? 縋る思いで、宙夜と御國さんを見る。だけど二人とも、“好きにすればいい”って顔で首を振ってるの。 見放されたっ? そんなぁ! 「……あの……そ、それじゃ……あたしは……」 内心ビクビクしながら、断っちゃおうと眞昼を見て……眞昼の鋭い視線があたしに突き刺さる。ひゃうっ! 怖い! 怒ってる! 絶対怒ってる! 断ったらもっと怒られちゃう! 「いっ、行きますっ! お手伝いさせてください!」 思わず涙ぐみ、裏返った声であたしは叫んでいた。 |
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