砂の棺 if 叶わなかった未来の物語

「砂の棺」完結後の、「誰か」が思い描いた、
叶わなかった未来の幸せな幸せな物語。
北の町・ミューレンでのカルザスとレニーの日常。
そして新しく出会う人たちとのふれあい、事件。


     11

「パル。あんまりおれから離れないように、その辺で大きい石ころ探しておいで。おれはキラキラなのを探してやるから」
「うん! いーっぱいさがしてね」
 湖畔の水辺で、パルの宝物探しが開始される。彼は両手で適当な石を拾っては、気に入らないと湖にポチャンと投げ入れる。レニーはしばらく彼の様子を見届けてから、座り込んだ周囲を見回し、パルの目に叶うような綺麗な石ころを探し始めた。
「おれが細工物の飾りに使ってるような輝石《ビーズ》なら大きめのものもまだ家に残ってんだけど、これは探すのが目的だからなぁ……樹液なんかが結晶化したもんでもありゃ喜ぶだろうけど……うわこれ、案外難しいぞ」
 なにせ、あの奔放なパルの希望に叶う石ころを探さねばならないのだ。安請け合いしたはいいが、今更になって、少々頭を抱えたくなる案件だ。
 パルに前もって聞いていた希望の石ころに近いものを選び、外れたものを指先で弾く。幼児との感性の違いもあって、なかなかパルの望むような、レニーの考えるような石ころは見つからない。それでもいくつか綺麗な色あいの石ころを拾ってみた。
「パルー。こういうのはどうだー?」
 こちらに背を向けて座り込んでいるパルに向かって、先ほど拾った数個を掲げてみる。だがパルから反応がない。
「パル? どうした?」
 レニーがパルの傍へ寄ると、パルは慌てて石拾いを再開する。その様子がどうもおかしい。呼吸も若干だが乱れている。走り回った訳でもないというのにだ。
 ふいに不安になり、彼はパルに手を伸ばした。
「……パル。もしかしてお前、どっか調子悪いんじゃないのか?」
「ちあうよー。ここ、おっきいのないからあっちいくー」
 舌足らずな言葉を紡ぎ出し、立ち上がろうとしたパルがふらついた。間一髪、レニーは彼の体をキャッチする。
「ん? おい、パル。こっち向け」
「んー……やー……パルのたからものさがすー」
 レニーはすっと彼の額に手を置き、仰天した。
「パルお前! すごい熱出てるじゃないか! もしかして朝から調子悪かったんじゃないのか? ならなんで今まで黙ってたんだよ!」
 朝一番に、彼に飛びつかれた時に抱いた違和感の正体に気付き、レニーは思わず声を荒らげる。
 パルは泣き出しそうな表情になり、ふるふると首を振る。
「らって……レニーとやくそく……いきたかったんだもん。レニー、おしごといそがしいって、たからもの……さがしてくれなくて……」
「だからって……ああっ! ったく! 熱出してぼんやりしたままでなんて、宝物探しも楽しくないだろ! パルが熱で具合悪いの見てたら、おれまで不安で辛くなっちゃうんだよ!」
「うう……ぐすっ……ごえんなさい……」
「ほら、帰ろう。宝物探しはまた今度な」
「いや。ねぇこんどっていつ? いつつれてってくれるの?」
 レニーは思わず口篭る。
 自分たちが普段何気なく使う都合のいい言い訳は、子供には通用しないのだと思い知らされた。「また今度」とは、一体いつなのか。彼は答えられなかった。
 今日という日を、レニーと約束した宝物探しの日を、心から楽しみに待っていたパルに、「また今度」は通用しない。明確な日付を、約束の日を、彼は欲しているのだ。
「レニー……?」
「ごめんなパル。また今度、なんて適当なこと言って。本当にごめんな。でもパルとの約束は絶対守るから、今日はもう帰ろう。パルの熱が下がって元気になったら、次こそ絶対に約束、守るから。まだいつかってちゃんと言えないけど、約束は守るから」
「……うん……かえる……」
 幼いなりに、レニーの強い意思を感じ取ったのだろう。パルは素直に頷いた。
 彼を抱きかかえ、レニーはカルザス達のところへと戻る。
「随分早いお帰りですね。パルさんの宝物は見つかったんですか?」
「……? パルがどうかしたんですか?」
 両者相対的な言葉が投げかけられ、レニーは二人の前に膝をつく。そしてパルの体を横たえた。
「パルが熱を出した。朝から調子悪かったらしい。最初に飛びつかれた時、ちょっと体温高いかなって感じてはいたんだけど、こんなになるまで酷いとは思ってなくて」
 ホリィアンが両手を口元に当てて息を飲んだ。
「パル! どうして今まで言わなかったの?」
「今日を逃したら、約束がまた先延ばしになるのがイヤだったらしい。ごめん、ホリィ。おれの観察不足だった」
「すぐに片付けて帰りましょう。ホリィさん、お手伝いをお願いします」
 レニーは肩のショールを外し、荒い呼吸のパルの体に掛けてやる。パルは薄く目を開き、きゅっとレニーの指先を握った。その腕には、黄色い小さなブレスレットが輝いている。
「なぁ、ホリィ。急で悪いんだけど、おれ、今日パルの部屋に泊まっていいかな? パルをこのまま放ったらかしで帰れないよ」
「ええ、大丈夫ですよ。パルの部屋は狭いから、帰ったらすぐ客間を用意しますね。そちらのベッドなら二人で寝ても充分広いですから」
「カルザスさん。おれ今日、ホリィん家に外泊してもいいかな?」
「ぜひそうしてあげてください」
「ありがとう、ふたり共」
 急ぎ荷物をまとめ、レニーたちはアイル邸へと急いで戻った。

 ミューレンの町の大通りを急ぎ足で歩く。熱が上がってきたのか、パルの呼吸も荒くなってきている。
 そんな彼を抱いたレニーは、ふいにドクンと、自らの鼓動が高鳴るのを感じた。喜びや驚きなどではなく、嫌な方の昂ぶりである。それはあまりにもタイミングが悪く、ねっとり絡みつくような気配──〝例の者達〟だ。
「……カルザスさん、ホリィ……」
「どうかしましたか?」
 レニーは腕の中のパルを見て、そして縋るような視線をカルザスに向ける。
 ハッと、その視線の意味に気付いたカルザスは、ホリィアンに一歩歩み寄って、視線だけを周囲に走らせた。
「あの……どうされたんですか?」
 不安げに首を傾げるホリィアンに、カルザスはそっと耳打ちした。
「レニーさんを追う者たちの気配があるようです。でもごく自然に振る舞ってください」
 彼女はどうすればよいのか分からず戸惑い、露骨に狼狽してカルザスに身を寄せた。自然に振る舞うなど、どう演技していいのか分からないのだ。それでも必死に思考を巡らせる。
「あ、あの……分かれて行動しますか? 散開すれば……えっと、向こうの方々も分かれないといけなくなりますから、一人あたりの戦力も削ぎ落とせるんじゃ……」
「いえ、それは良策ではありません。今、アイセルさんは両腕が使えませんし、僕はホリィさんも護らなければいけません。分散した方が不都合です」
 カルザスがあえて偽名の方でレニーを呼ぶ。彼はしばらく思案し、小さく頷いた。
「ホリィ、確か別の道があったよね? 人通りの多い道では、奴らは行動を起こさない」
「遠回りですけど、あります」
「じゃあホリィ。怖いだろうけど協力して。アーネスさんは一人で奴らを引きつけてもらう。おれとホリィは、パルの親のフリをして一刻も早くホリィの家に戻る」
「あなたがそうおっしゃるなら。承知しました」
 カルザスが力強く頷く。
「あの……ア、アーネスさんはお一人で大丈夫ですか?」
 よく知った相手なのに、名前が変わるだけで別人を呼んでいるようだ、と、彼女は思った。
「伊達に傭兵で何年も食べていっていませんでしたよ。大丈夫です。こちらは任せてください」
 カルザスは腰のベルトに横挿しした小剣を軽く叩く。
「ではホリィさん、アイセルさんとパルさんをお願いしますね」
 そう告げ、カルザスは二人からすっと離れ、レニーはホリィアンの腕を引き、カルザスとは反対に向かって歩き出した。
「よろしく、ホリィ」
「はい」
 ホリィアンにとって、初めてとなる〝例の者〟たちとの、直接的な駆け引き《おいかけっこ》。視線や気配は感じずとも、嫌な感覚が全身を駆け巡る。じっとりと滲む汗を拭い、ホリィアンはレニーに寄り添った。彼といることが、自然に見えるように。


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