砂の棺 if 叶わなかった未来の物語

「砂の棺」完結後の、「誰か」が思い描いた、
叶わなかった未来の幸せな幸せな物語。
北の町・ミューレンでのカルザスとレニーの日常。
そして新しく出会う人たちとのふれあい、事件。


     5

 店は今日も大繁盛だった。アクセサリーの陳列をしていたレニーの元へ、ホリィアンが男性客を案内してくる。
「レニーさん。オーダーのお客様なんですけど、今、大丈夫ですか?」
「いいよ。いらっしゃい。オーダーなら喜んで引き受けさせてもらうよ。予算も考慮させてもらうから」
「ありがとう」
 若い男性客は、アクセサリーケースの中身を指差す。
「これとこのデザインを合わせたような指輪にしてほしくて。あと、内側に彫り物はできますか?」
「名前とか? そういうのはあんまり得意じゃないけど、がんばってみようかな。彼女にあげるんだろう?」
「あはは。そうなんですよ。結婚を申し込もうと思ってて」
 男性客は照れくさそうに頭を掻く。
「それで彫り込む名前は?」
 レニーがメモとインク瓶、そしてペンを引き出しから取り出す。
「名前は……僕がセルト、そして彼女がシーア」
 男性客がふたつの名前を告げた刹那、レニーがインク瓶を落とした。ホリィアンが慌ててそれを拾い上げる。幸い蓋は開かなかったので、床にインクをぶちまけるには至らなかった。
「レニーさん?」
 僅かに肩を震わせながら、レニーは目を見開いて硬直している。見ていて痛々しいほど、指をぐっと手のひらの中へ握り込んでしまっている。
「レニーさん、どうかなさったんですか?」
 ホリィアンの声で、ハッと我に返ったレニーは、クシャリとメモを握り潰した。
「申し訳ないけど、それはおれには作れなさそうだ。やっぱり彫り物は苦手なんでね。他の店を当たってもらえるかな。ホリィ、おれは疲れたから少し休むってカルザスさんに言っといて」
 早口に言い捨て、レニーはさっさと店奥へと引っ込んでしまった。
 あいにく他の客の相手をしていたカルザスは、その状況を把握しておらず、顔を隠すように俯いたまま奥へ駆け込むレニーの様子を不思議そうに見送るだけだった。


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