砂の棺

白い砂と高い岩山に囲まれた国ウラウロー。
傭兵を生業とする青年カルザスは、ある日、謎めいた美麗な詩人シーアと出会う。
この出会いをきっかけに、ウラウロー全土を巻き込んだ過去から連なる歴史と謎が紐解かれ、
彼らは運命に翻弄されゆく。


     4

「随分お疲れのようですね」
 ──それはお前もだろう。休めるなら休んでおけ。
「シーアさんに比べたら僕なんて……」
 ショックのためか、シーアは黒き大岩の陰に入った途端、意識を失うように眠り込んでしまった。服はもちろんだが、顔や手に付着した返り血はまだ鮮明に残っている。
 拭いてやるべきか、それとも今は手を出さぬ方が良いか。
 美麗な容姿の詩人。それが最初のイメージだった。だがその裏側は残虐無比な暗殺者。白き天使ではなく、白き悪魔だったとは……。
 ──俺たちの知るシーアという者の自我を、完全に失っておったな。
「そうですね。ご本人を前にあまり言いたくありませんが……恐怖を感じました」
 ──俺もだ。
 暗殺者である自分のもう一つの姿に苦しむシーアが憐れでならん。救えるものなら救ってやりたいが、何をしてやる事が最善なのか、何をしてやれば奴の心を癒してやれるのか、全く見当もつかんのだ。
 狂ったように……いや、実際狂喜しておった。狂喜の冷笑を浮かべながら盗賊たちの腹を裂き、蠢く臓腑を引きずり出しては切り裂き、その血を浴びて快楽に酔いしれておったシーアが恐ろしい。恐ろしいが、逃げ出す訳にはいかんのだ。一度引き受けてしまったこの者を、今ここで放り出す訳にはいかんのだ。
「一つずつ、できる事から解決していくしかないでしょうね」
 何からできるのかも分からんし、その歩みの遅さももどかしいが、それが最善で最短距離なのだろうな。そのためにはシーアの過去を少しずつ紐解いてゆく必要がある。むろん本人は拒むだろうが、それでも奴を傷付けぬよう、細心の注意を払って聞き出すのだ。
 暗殺者といえど、あそこまでの非道に及ぶ者などそうはおらんだろう。シーアの精神を駆り立てる、あるいは追い詰める何かが分かればよいのだろうが、それはそう簡単に手繰り寄せる事ができるものではないだろう。
 シーア自身が、頑なにそれを隠そうとしておるのだからな。そしてそれを引きずり出せる鍵は、シーア本人しか持っておらんのだ。ひどく厄介極まりない。
 分かっておる。分かっておるのだ。幾らカルザスと共に、ここであれこれと思考を巡らそうと、すぐに答えは導き出せんのだ。答えはそう簡単に見つけられはせんのだ。
 当のシーア自身が過去を忌み嫌い、黙し、探らせようとせん。そしてシーアの過去を知る人物とて、俺たちには思い当たる節がない。八方手詰まりなのだ。
 全てを知る事ができたとしても、俺やカルザスがその原因となるものを取り除いてやる事ができるかどうかも分からん。できる範囲を手当たり次第に、しかもシーアを傷付けんよう細心の注意を払いながら、体当たりで探っていくしかないのだ。
 酷く複雑怪奇で難解で、先行きの全く見えぬ暗闇の中の迷宮だな、これは。

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