砂の棺

白い砂と高い岩山に囲まれた国ウラウロー。
傭兵を生業とする青年カルザスは、ある日、謎めいた美麗な詩人シーアと出会う。
この出会いをきっかけに、ウラウロー全土を巻き込んだ過去から連なる歴史と謎が紐解かれ、
彼らは運命に翻弄されゆく。


     2

 日の落ちかけた砂の海は、橙色に輝いている。
 昼間の熱気はまだ冷めておらんが、日が完全に落ちればその熱はすぐに凍り、生きる者の息吹までも凍て付かせるものとなるだろう。
 日差しを避けるための白い布を頭から羽織っているその者は、じっと無言のまま冷めた目でこちらを見つめている。
「追いつきましたよ、シーアさん」
 感情のない虚ろな眼差しは、こちらの姿を視認しているとは思えん。人の形をした彫像に嵌め込まれた硝子玉のようだ。生気がまるでない。 砂交じりの風が吹き、衣服や髪を掻き乱す。シーアの付けておる片方だけの硝子細工の耳飾りは、澄んだ音を発てて揺れた。
「話を聞いていただけませんか?」
 カルザスの言葉に、シーアは無言のまま首を振る。そしてこちらに背を向けた。
「シーアさん! 一度町に戻りましょう。もうすぐ夜になります」
 駆け出し、シーアの腕を掴む。
 おや? 以前の頑なに心を閉ざしておったシーアなら、こう易々と腕を掴む事などできなかったはずだ。全て敵だとみなし、触れるもの全てに敵意を剥き出しにしておったのだから。
「シーアさん、あのですね……」
 振り返ろうとしたシーアは、そのままカルザスの方へと崩れるように倒れこんでくる。
「シーアさん?」
 奴は意識を失っておった。日よけの白い薄布が風に舞って飛ばされる。
「シーアさんっ? 大丈夫ですか、シーアさん!」
 頬を叩くが、シーアが目を開く素振りはない。どうやら熱射にやられたか、脱水症状から失神してしまっているようだ。
「無茶ばかりするんですから……」
 安堵のため息を吐き、カルザスはシーアの体を抱き抱える。
――このまま連れ帰るのか?
「そうですね。このまま……」
 カルザスが緩く笑みを浮かべ、シーアの首筋や腕に絡む長い髪を払う。奴の喉には鮮明に、カルザスの指の跡が残っている。肌が白いため、それは余計に目立つのだ。赤紫の指の痕はあまりに痛々しい。
「……そう……このまま……」
 熱気をはらんだ砂にシーアを横たえ、カルザスはその首に手を伸ばす。指の痕と同じ場所に、同じように指を這わせる。
 ……カルザス……?
 ま、まさか……またお前はシーアを! 一体何を考えておるのだ、この男は!
――カルザス! しっかりせんか!
 ぎりぎりとシーアの喉を締め上げ、カルザスが口元を歪める。
「……このまま……死、ね……」
 呼吸が出来なかったせいか、シーアが意識を取り戻す。苦痛に歪むシーアの顔に、ぽたりと水滴が落ちる。カルザスが……泣いておるのか?
「……カルザ……さ……」
 苦しみ悶えながら、シーアが目を細める。震える手を伸ばし、カルザスの頬に指先を添える。
「……助けて……くれるんだよね?」

 絶叫が轟いた。
 カルザスの口から発せられたものだ。

 その声に反応するかのように、突然大地が唸り声をあげる。地震だ。激しい揺れのせいで、カルザスとシーアは砂の上に投げ出される。
「かはっ……はっ……」
 喉を押さえ、シーアが空気を貪る。
 地震は続き、立ち上がる事さえままならない。
「……流砂が……」
 砂地に手をつき、擦れた弱々しい声でシーアが呟く。
 地震が収まると同時に、周囲にあった砕けた黒き小石や放り出された荷物が流砂に流されておるのだ。むろんカルザスとシーアの体も流され、徐々に体が砂の中へと埋まってゆく。
 中央が地下へ流れておるのか、すり鉢状になった砂の呪縛はまさに蟻地獄。カルザスもシーアも成す術なく流されてゆく。
「……い、いけません……早く抜け出さないと!」
 カルザスが立ち上がろうとしたが、足が流砂に巻き込まれ、もがけばもがくほど、その体は砂に埋まってゆく。
「シーアさん!」
 半身ほどを砂に埋もれさせたシーアが、ゆっくりとこちらを向く。
「……あんたの望み通り、おれはここで死ぬんだね。一度巻き込まれた流砂の中からは抜け出せないんだからさ」
 一切の抵抗をせず、シーアは砂の中に自らを投げ出す。
「シーアさん! 諦めちゃ駄目です!」
 奴の方へと手を伸ばすが、無常にも砂を掴むだけだ。
「シーアさ……っ!」
 大量の砂を噛み、それを吐き出そうとしたがその時にはもう、カルザスの体は完全に砂に埋もれていた。

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