砂の棺 白い砂と高い岩山に囲まれた国ウラウロー。 傭兵を生業とする青年カルザスは、ある日、謎めいた美麗な詩人シーアと出会う。 この出会いをきっかけに、ウラウロー全土を巻き込んだ過去から連なる歴史と謎が紐解かれ、 彼らは運命に翻弄されゆく。 |
4 「鐘楼のところに部屋があるから、そこに隠れてなって」 ジェレミーに案内されるまま、裏手から教会内へと進入するカルザスとシーア。 「上の部屋って狭いから、オレは礼拝堂にいるよ。兄ちゃんたちはゆっくり休んで」 「ありがとうございます。ジェレミーさん」 「ジェレミーでいいよ、カルザス兄ちゃん」 人懐っこい笑みを浮かべ、ジェレミーが蝋燭をカルザスに手渡す。 「あ、ここ。中庭に面してるんですね」 月明かりに照らされた中庭の、ささやかな花壇が見える。わざわざ土を入れて心を癒す花を植えている。神父かシスターかが面倒をみているのだろう。そしてその花壇の隣にはシーア・セムとセルト・セムの墓。 「……シーアがあそこにいる」 ぽつりと呟き、シーアは片手を耳に当てる。そこには奴がいつも身に付けておる硝子細工の耳飾りがあった。幾つもの輪を合わせたような造りのそれは、風になびけば僅かに揺れ、心地よい音を奏でるのだ。 以前、男装時には外しておったが、今はつけておる。 「……ジェレミー、カルザスさん。ちょっと待ってて。すぐ戻る」 シーアは窓を開け、そこから内庭へと飛び出した。 「あ、待ってください」 内庭の隅。シーア・セムの墓石の前で、シーアはじっとそれを見下ろしている。 「外に出るなんて危険ですよ」 「やっぱりシーアに渡そうと思って……」 カルザスが首を傾げておると、シーアは片方の耳飾りを外した。それを墓石の前に置く。 無言のまま墓石を見つめているシーアだが、その横顔には、つい先日、見掛けた時のような安らぎの表情はない。どちらかといえば、憂い、今にも嗚咽が漏れそうといった様子だ。 「……おれからシーアへの……最初で最後のプレゼントだったんだよ」 ほう。そのような大切なものだったのか。 しかし俺が夢で見たセムは、同じものを身につけてはおらんかったはず。男から女への、装飾品のプレゼントだ。照れて渡しあぐねておったのか? 「シーアは白とか透明感のある青とか、そういった色が好きだったんだ。いつも眩しそうに、おれを見ていた。笑う事を苦手として、俯いたまま歩く事しか知らなかったシーアが、おれといる時だけは上を向いて、控えめだけど笑顔でいてくれたんだ。だからおれはいつでも一緒だって言いたくて、この透明な硝子の耳飾りを選んだんだ。控えめなシーアには少し派手かな、とは思ったけど……」 残ったもう片方の耳飾りを指先で弄びながら、シーアは目を細める。 「シーアは一度もこれに触れる事なく、おれの前からいなくなっちまった。これを買った日に……シーアに対するおれの気持ちをこめて渡そうって思ってた日に……シーアは死んだから……」 「そう……なんですか……」 カルザスは気まずそうに顔を伏せる。 「一つずつ、持ってような。おれとお前はいつでも二人一緒だから。大事にしろよ、シーア。おれはずっと大切にするから。これがある限り、いつでもお前の傍にいる」 指先で耳飾りを弾き、夜空に澄んだ音色を響かせる。 「行こ、カルザスさん」 シーアがカルザスの肩を叩く。 奴に促されたカルザスは、その顔を見返してやる事ができなかった。俯き加減にシーアの隣を黙って歩くだけだ。明るい声で促されるものの、奥歯を強く噛み、必死にその想いを堪えるような辛そうな表情は、とても正視できるものではなかったのだ。 |
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