砂の棺

白い砂と高い岩山に囲まれた国ウラウロー。
傭兵を生業とする青年カルザスは、ある日、謎めいた美麗な詩人シーアと出会う。
この出会いをきっかけに、ウラウロー全土を巻き込んだ過去から連なる歴史と謎が紐解かれ、
彼らは運命に翻弄されゆく。


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 蒸し暑い……。
 乾いたウラウローという地では、湿気により蒸すという事が珍しい。
 額の汗を拭って目を開くと、聞き慣れない音がした。ザァッという、高所から砂を落とすような音。どこかで建屋の補強工事でもしておるのだろうか? いや、そんな音ではない。慣れぬ音ではあるが、間違いなくこれは……。
「……砂……いえ、雨?」
 カルザスが驚いて窓から身を乗り出すと、外は暗く、叩きつけるような雨が降っていた。カルザスが生まれてから見たこともない大雨だ。
 激しい雨はウラウローの少ない水源を潤してくれる恵みの雨となる。今回のこの雨で、少なくともこの町の水源は多少潤っただろう。
「驚きましたねぇ……僕、雨って生まれてから数えるほどしか見た事がないです。こんな大雨は初めてかもしれません」
 そうか……俺はカルザスの元へと戻ってきたようだ。エルスラディアが舞台となるリアルな夢に、俺は悪夢を見た直後のような妙な気だるさを感じていた。
 あの夢は酷く不愉快だ。しかし俺に何かを告げようとしているのは間違いない。俺はそれに気付ける日がくるのだろうか? いや、気付かねばいかんのだという、根拠のない焦燥感に見舞われているのだ。
「できる事なら今日にでもラクアを発ちたかったのですけれど……これじゃ無理そうですね。雨の中の旅は、僕も、おそらくシーアさんも慣れていませんから」
 そうなのだ。砂漠の民はどんな砂嵐でも先に進む事はできるのだが、雨や雹といった天候にはてんで弱い。すぐぬかるみに足を取られ、動けなくなってしまうのだ。それはカルザスとて同じだろう。
 カルザスが何気に隣の窓を見ると、シーアが顔を出しておった。奴もカルザスに気付いたのか、笑みを浮かべて手を振ってくる。穏やかな笑みだ。
「おはよ。珍しいわね、雨なんて」
「そうですねぇ。あ、もうちょっとしたらそちらへ伺います」
「ええ、分かったわ。準備しとく。これじゃ、今日は出られないわよね?」
「そうですね。これでは無理でしょう」
 カルザスが言うと、シーアは小さくうんと頷いて部屋へと引っ込んでしまった。カルザスも身支度を整えようと、室内へ戻る。
「しばらく滞在したいと仰るシーアさんには申し訳ないですけど……僕にとっても、気分の滅入る、不愉快な町になっちゃいましたからね、ラクアは。早く立ち去りたいのですけれど……」
 昨日の事を思い出したのだろう。カルザスが額に手を当てて首を振る。
「これ以上、何も起こらなければいいのですけれど」
 この空模様と同じく、カルザスの心もいまいち晴れぬようであった。

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