賃貸魔王城

茨と毒の沼地に囲まれた、漆黒の魔王城──そこに魔王はいなかった……!
一話完結型の、短編連作。
ブラックユーモア溢れるハイテンションギャグファンタジー開幕!

「すみません大家さん! 今月の家賃あと一週間待ってください!」
「パンと魔王様? パンを選ぶに決まっているじゃありませんか」
「魔王自ら勇者を接待してどうするよ!? アアッ!?」


 輝く金の鎧に真紅のマントの勇者。屈強な上腕にさらしを巻いた胴着姿の武道家。竪琴を兼ねた呪曲を奏でられるスタッフを持った魔法師。大いなる神の癒しの術を操る司祭のヴェールが風にそよぐ。
 四人の勇者一行は、最後の敵に挑むため、漆黒の魔王城に最も近い、このナイト村で所持品の最終確認をしていた。

「フェーン。薬草は買った?」
 司祭の少女がにこりと微笑んで、勇者の青年に皮袋を見せる。
「たっぷりと。ちゃんと魔力回復用の薬湯《ポーション》も用意してあるわ」
「リム、攻撃補助アイテムは?」
「えっとぉ、爆発茸と氷の魔法を発動する杯は用意できたですけど、防御壁を張れる宝珠は売ってなかったですの」
「無かったのなら仕方ないよ。防御は捨てたつもりで、回復魔法に頼るしかなさそうだね」
 魔法師の少女はしゅんとして両肩を落とす。そんな彼女の背を、司祭の少女は優しく撫でた。
「大丈夫よ。私、必ずみんなを癒しの力で守ってみせるわ。私たちには大いなる神のご加護があるんですもの」
「うん……あたしも一生懸命、攻撃魔法連呼で弾幕張るです」
 リムはフェーンに頷き返した。
「大丈夫だ。いざとなったら、二人はオレの後ろに隠れればいい。伊達に体は鍛えちゃいないさ」
 武道家のルビルが逞しい二の腕に力瘤を作って見せた。
「よし、じゃあ準備はこれで万全だな」
「そうね。これが最後の休息になるわ。今日は宿でちょっと豪勢な食事をいただいて、早めに休みましょうよ、カーディス」
「名案だ、フェーン。行こう」
 勇者カーディスとその一行は、ナイト村にある唯一の宿屋に向かった。

     ◆◇◆

 ささやかながらも沢山の料理をテーブルに並べ、カーディスたちは決戦前の最後の晩餐を楽しんでいた。
「カーディスは本当に、昔から寝言が酷かったものね。いつもびっくりして起こされたわ」
「ね、寝言!? そんなの聞くなよ、恥ずかしいじゃないか」
「でもぉ、すごく勇者らしい寝言ですよ」
「そうそう。こいつ、夢の中まで魔物と戦ってんだよな。疲れそうー! ハハハ!」
 和やかに談笑していると、危なっかしい手付きでワイングラスを運ぶ給仕の男がやってきた。
「え、ええとー……勇者様。世界を救う旅をしておいでとの事なので、宿の主人よりワインをプレゼントさせてくださいと承ってきました」
 給仕の男が不慣れな手付きでワイングラスをカーディスたちに配る。
「ありがとう。いただきます」
「はい、どうぞ……って、わっ!」
 彼は手を滑らせ、ワインボトルの中身をテーブルの上にぶちまける。
「あーあー、もったいねぇ!」
「す、すみません! 昨日バイトでここに入ったばかりで不慣れなので……ふ、服は汚れてませんか? ワインはすぐ染みになっちゃうんで……」
 彼は慌ててカーディスの衣服にワインの雫が飛んでいないかを確かめ、そして床に這いつくばって、零れたワインを拭く。
「すぐ新しいワインをお持ちします!」
「いいわよ。気持ちだけで。もったいないでしょ」
 フェーンは彼に優しく微笑みかける。
「あたしもいらないですぅ。あたしはお酒、あんまり強くないですの」
 リムも頬を紅潮させ、もじもじと指先を絡めながら、囁くように答える。彼女は少々人見知りが激しいようだ。
「オレは欲しかったんだけど、二人がそう言うならいいや。カーディスも構わないだろ?」
「うん。僕もあんまり強い方じゃないしね。バイトくん、気持ちだけいただくよ。ご主人にもありがとうって伝えてください」
 男性陣二人も、少女二人の意見に同意した。
「ううっ、お優しいんですね。勇者様。ぼくの失敗なのに」
 空になったワインボトルを抱き、彼は感極まって涙目でペコペコと何度も頭を下げる。カーディスたちは彼の気弱でそそっかしい様子に、苦笑するしかなかった。

「きみはここにバイトに入ったばかりだって言うけど、本職は何なの?」
 カーディスは何気なく聞いてみる。
「はい。ぼく、本当は作家なんです。その……全然いい作品が書けなくて、家の家賃もだんだん滞納するようになっちゃって、生活費の足しにでもとアルバイトを。接客業なんて初めてなので、本当に失敗ばかりで……」
 彼は頬を染めて頭をポリポリと掻く。
「作家さんが接客業かぁ。それは大変だね」
 カーディスは口元に手を当ててしばし思案し、ポンと手を打つ。
「じゃあ、作家さんという頭を使うお仕事を見込んで、ちょっと相談に乗ってもらえます? チップは弾みますよ」
「わ、ぼくでいいんですか? 頼ってもらえるのって嬉しいなぁ」
 カーディスの提案に、「また勇者のお節介が始まった」とばかりに、仲間たちは苦笑して視線で会話し、頷き合う。
「僕たち、明日、魔王城に攻め込んで魔王を討伐するつもりなんですけど、魔王城に攻め込むために、どこかいい抜け道とか、魔王の得意な攻撃方法とか知りませんか?」
「魔王城に? そうですねぇ……」
 彼は空のワインボトルを抱いたまま思案する。しばらく無言で爪先を床に打ち付けていたが、何かひらめいたかのように、ワインボトルをピンと指で弾いて鳴らした。
「正面から向かっては、茨と毒の沼地が邪魔をして、進行するには時間が掛かります。西には死霊使いが使役するアンデットたちと住み着いてますし、東はゴブリンの集落があります。ゴブリンは確かに弱い魔族ですが、なんせ数が多い。無駄な消耗を控えるならお勧めしないルートですね」
「なるほど! さすが地元民ですね」
「えへへ。まぁ、ここに住んで長いですから」
 彼は照れ笑いを浮かべる。
「じゃあここは魔王城の南側だから、迂回して北側に回った方がいいって事かしら?」
「そんなのすごく遠回りですぅ。せっかくここまで来たですのに」
「しゃーない。茨と毒の沼地を強行突破が一番手っ取り早そうだな」
「あ、待ってください」
 彼は両手をバタバタと振る。
「確かに迂回ルートも正面突破も、勇者様なら可能かもしれませんが、実は秘密の抜け道があるんです」
「へぇ! そいつはいいや!」
 ルビルがパチンと指を鳴らす。彼はうんうんと頷き、ゆっくり言葉を選ぶように話し出す。
「茨の壁に突き当たったら、少し東に向かいます。そしたら茨が枯れているところがあって、そこからなら、ちょうど毒の沼地も最短距離で迂回できる、細い獣道があるんですよ」
「獣道ですの? 野生の獣とか、魔物が通る道なんですの? 危なくないですの?」
「魔王の配下の魔族が魔王城に行くための、秘密の道なのかもね」
「そうだな。魔族だって、茨や毒の沼地は厄介だろうし」
 あれこれと詮索する勇者一行。そんな彼らに、バイトの彼は首を振り──きっぱりと言った。

「いえ。魔王城に勤務する、魔界の派遣会社から派遣された秘書の通勤ルートです」

 勇者一行、しばし沈黙。各自、頭の中で彼の言葉を反芻、咀嚼し──ようやく理解する。
「魔王……秘書なんているのか……」
「通勤って……え? 魔王城に勤務してんのか? 配下じゃなくて? 魔界から派遣? え?」
 予想外の答えに、カーディスはぽかんと口を開いたまま、ルビルは思ったそのままを口にした。
「ええ、まぁ。以前は別のルートから通っていたんですけど、彼女、少し前にしつこくインキュバスのストーカー被害に遭っちゃって、怖いからって今はそういうひっそりした獣道を隠れるようにして通勤してるんです」
「なんだか……随分詳しいのね」
 フェーンが訝しげに彼を見る。
「え? この村じゃ有名ですよ、魔王城の秘書のストーカー騒動」
 彼はさも当然といった様子で答える。
「そ、そっか。じゃあ、えっと……侵入ルートはそれを使うとしてだ」
 腑に落ちない点を意識的に気付かなかったフリをして納得させ、カーディスはコホンと咳払いしてから身を乗り出して真顔になる。
「多分これはさすがに、この村に住む君でも分からないとは思うけど、魔王の弱点とか、攻撃方法とかは……知ってる?」
「攻撃パターンが分かれば、もっと適切な対策が練られるものね」
 フェーンはサラダを口にながら、カーディスと彼との会話を聞いている。
「うーん……魔王……というか、魔王城の現在の居住者の事でいいですか? 魔王城の主っていうか」
「知ってんのか、あんた?」
「ええ、まぁ。作家ですから」
 ルビルが驚きの目で彼を見る。
「作家サンってのは物知りなんだなぁ」
 彼は照れ笑いを浮かべ、だが少々胸を張るように背を反らす。そしてそしてまた言葉を選ぶようにしばし考え込み──魔王城の主について語り出した。

「魔王城の主は、この世に存在するありとあらゆる魔法を使いこなし……」
「魔法……あたし、負けないようがんばるです」
 リムがぎゅっとスプーンを握る手に力を込める。
「魔族ながらに、治癒術も使いこなし……」
「神の導きに反する魔族の身でありながら……許せない」
 フェーンが細い肩を震わせる。
「可愛いペット……じゃなくて。最も信頼する臣下の魔獣は口から熱線を吐き出し、主を守り……」
「やっぱ魔王っていうからには、手強い手下をゾロゾロ連れてやがるんだろうな……オレが全員ぶっとばしてやる!」
 ルビルが拳を反対の掌に叩きつける。
「これまで数多《あまた》の勇者を迎え討ち、誰一人生かして帰さなかった……」
「きっと名のある勇者もいたんだろう……先輩たちの仇は僕が討ち、そして僕が魔王を倒す最初の勇者になってみせる!」
 カーディスが決意を新たに、自身の掌を見つめる。

 彼はカーディスたちを見つめ、ふっと口元に意味深な笑みを浮かべた。
「あなたたちはこれまでの勇者様たちとは少し違いますね」
「当然だろ。世界の平和が懸かってるんだ。オレたちの決意と勇気は、そんじょそこらの奴らにゃ真似できねぇぜ」
 ルビルの強気な発言を聞き、彼はワインボトルをテーブルに置いた。
「ではとっておきの情報をお教えします」
 カーディスたちは息を飲み、彼の言葉を待った。
「あの魔王城には……」
 彼はわざとゆっくり言葉を紡ぐ。

「……魔王はいないんです」

 彼の言葉を聞いて、誰一人声を出さなかった。いや、出せなかったのだ。
「……いな、い……?」
「ええ。魔王はいません。引っ越しちゃいました。随分前に」
 カーディスは数回瞬きし、深呼吸して、グラスの水を一口飲む。そのままもう一度、彼の言葉を頭の中で反芻して──ようやく疑問をぶつけるという結論を導き出す。
「じゃあ今、あの魔王城には誰もいないのかい?」
「いえ、いますよ。魔王城の主」
「……だからそれが魔王じゃないのかい?」
「ええ。ですから魔王は、とっくの昔に引っ越しましたから、今現在、魔王はいません」
 彼はこくこくと頷く。カーディスは首を傾げる。仲間たちも呆然とした顔をしている。
「じ、じゃあ今、誰があそこに住んでるの? 魔王城の主って誰? もしかしてもっと凶悪な魔族とか……」
 フェーンが引き攣った笑みを浮かべたまま、掠れた声を絞り出して問い掛ける。

「はぁ。住んでるの、ぼくですけど?」

 彼は人畜無害そのものの笑顔で答え、自分を指差した。
 カーディスたちは顔を見合わせ──こそこそと密談し、そして再び彼に向き直る。
「もう一回聞くけど、魔王城には魔王がいるんだよね? だって“魔王城”だもの」

「だから、あの魔王城に住んでるのは、魔王じゃなくてぼくです」

 窓から鈴虫の鳴き声が、風に乗って流れてくる。
「ふ……」
 皆、何かに取り憑かれたかのように──カーディスは水差しからグラスに水を注いで一気に煽り、何度もおかわりする。ルビルは骨付き肉を豪快に噛み千切る。フェーンはサラダを口いっぱいに頬張る。リムはスープを皿ごと持ち上げて飲み干した。
 ダンっと水のグラスをテーブルに置き、カーディスは身を乗り出した。そしてプルプル震える指先を彼の鼻先に突きつける。

「きみが魔王だったのかッ!!」

「いえ、違います。ぼくはただの作家で、今はここのアルバイトです」
 彼は違うという意思を見せるように片手を振る。
「だって魔王城に住んでるんだろ! だったら魔王じゃねぇか!」
「やだなぁ、またですよぉ。よくそういう勘違いをする人が来ちゃうんですよね。ぼくはただ、あそこに賃貸で住んでるだけです」
「賃貸っ!? 魔王城って賃貸物件なの!?」
 リムがバタバタと両手を振る。
「魔王城が賃貸なんて変です! おかしいです! 魔王は魔王城に住んでるですぅ!」
「その思い込みは、“アニメが好きな女子は全て腐女子”って言ってるのと同じくらい身勝手な思い込みです。腐ってない、ノーマルなオタク女子だっているんですし」
「わ、私はジャ★マーズ萌えだけど、腐った見方してないわよ! ただ純粋にヤマカゼのマツジョンに憧れてるだけで、決して掛け算とか右とか左とか同担拒否とかナマモノとかそんなのはっ!」
 フェーンが慌てふためきつつ、聞かれてもいない弁解を“専門用語”で熱弁する。露骨に怪しい。
「時々いるんですよねぇ……呼び鈴も鳴らさず不法侵入してきて、壷割ったりタンス開けたりして中身勝手に持って行っちゃって、挙句「魔王覚悟しろ」って言う勇者。勇者だからって何してもいいんですか? 秩序ってなんだと思ってます? 法律知ってます? 不法侵入って言葉理解してます? ぼく、本当に魔王じゃないのに」
 カーディスたちが再び密談する。

「信じられるか、あのバイトの話?」
「本物の魔王なら、抜け道の情報とか教えてくれないでしょ? だって自分を倒しにくる手助けになっちゃうのよ」
「魔王だからこそ、嘘を教えて僕たちを撹乱させようとしてるのかも」
「でもでもぉ。魔王が生活苦でバイトするですか?」
 リムの素朴な、だが各々胸に秘めていた一番の、満場一致の最大の疑問に、これまた満場一致の答えとため息が見事にハモる。

「「「「だよねぇ?」」」」

 そっと彼の様子を伺うと、彼はきょとんとカーディスたちを見ており、魔族らしい雰囲気や魔王らしき大物オーラなどまるで感じられない。むしろ善良そうな、地味なモブ顔汎用ユニットの村人Aだ。
 せいぜい彼から聞き出せる情報は、「武器を買ったら装備するのを忘れずにね!」程度の内容がお似合いで、とてもではないが、先ほど聞いたような魔王城への抜け道や、魔王の存在の有無といった重要情報を聞けるようなポジションのキャラクターだとは、見えない思えないここは笑うところですか?

「あのさ。しつこくもう一度聞くけど……きみ、魔王じゃないのに魔王城に住んでるの?」
「はい、賃貸で。羽振りが良かった時に見つけたお得物件だったんで、つい飛びつきました」
 カーディスが黙り込んでしまったので、リムが後を続ける。
「さっき話してくれた魔王城の主の話はぁ、あなたの事なんですの?」
「そうですけど? ぼくだって魔法くらいはかじってますよぉ。この世界じゃ魔法は一般教養や学問みたいなものじゃないですか」
 リムはむぐぐと口篭もる。フェーンはリムを庇うように身を乗り出し、眉を顰める。
「魔獣ってなんなの、魔獣って! あなた魔物を飼ってるの?」
「ペットのハムスターなら飼ってます。飼い主に対しても噛み癖が酷くて、友達の田中君はネズミの魔獣だって言うんですよぉ。愛情表現の一種で甘噛みなんですけど、加減を知らなくて、彼。こないだも噛まれてちょっと血が出たんです。あはは」
 フェーンが言葉を続けようとしたが、ルビルが彼女を制した。
「だったらなんだ! あんたは魔族に付き纏われるような秘書を雇ってるのか! そいつも魔族なんだろ! しかも魔界とか言ってなかったか!?」
「彼女は秘書検定を持ってる優秀なマネージャーみたいなものです。マネージャー界のアイドルなんですよ。マネージャーの世界だから “マ界” なんちゃって」
 彼はアハハと頭を掻きながら笑って見せる。
「彼女はぼくのお世話をいろいろ見てくれるんです。パン焼いてくれたりとか。ぼく頼りないから、実家が気を利かせて彼女を派遣してくれたんです。だからぼくから彼女にお給料は払ってないので、雇ってる訳じゃないですよ。友達みたいなものですから」
 ルビルが口を閉ざした事で、カーディスたちの問答が終了した。愕然として、何も言えなくなっていた。

「あ、いけない。いつまでもお喋りしてたら、宿のご主人に怒られちゃう。じゃあぼく、そろそろ行きますね」
 彼は空のワインボトルを抱き、人の良さそうな笑顔で肩を竦めて見せる。
「あ、そうだ。明日の魔王城攻略、頑張ってくださいね。ぼくで良ければいつでも待ってますから。お客さんはいつでも大歓迎です。ではー」
 彼はペコリとカーディスたちに頭を下げ、食堂から出て行った。そのまま廊下の隅に走って行き、ポケットから小さな不思議な箱を取り出す。箱の硝子画面に指先を滑らせ、それを耳に当てた。

「……あ、ドロシーちゃん? うん、ぼく。えっとね。明日、勇者のパーティーが来るから、適当に強そうな魔物の手配しといてくれる? うん、うん。さっすがドロシーちゃん、話が早いなぁ。うん、そうそう。いつも通り、前半はほどよく一進一退の善戦をさせる感じで、最後はドカーンと鬼畜な全体攻撃魔法連唱して、きっちりさっくり全滅させるパターンでよろしく。あ、うん。後始末もいつも通り“小道具”にしていいよ。じゃあぼく、あと二時間くらいバイト頑張って帰るね。バイバーイ」
 彼は手早く不思議な箱を使った伝達の魔法を終了させ、そそくさと仕事へ戻った。

 彼こそは漆黒の魔王城の主にして、魔物と魔族を総べる魔王の中の魔王──大魔王グレゴリー・サタニノス七世その人だった。
 先ほど彼がカーディスたちに語った事で、何一つ嘘はない。売れない作家を|生業《なりわい》とし、愛らしくも凶暴な魔ハムスター・ケルベロス君を飼い、その地味なモブ顔から想像できないほどの規格外の鬼畜的強さを誇り、温厚で気の抜けた笑顔を一切絶やす事無く数多の勇者を一撃で屠ってきた。
 唯一最大の弱点は──賃貸魔王城の大家さんに頭が上がらない事。
 そう、嘘はないのだ。ただ、話の核心を何一つ正しく話していないだけなのだ。

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