LOST PRINCE 「死を意識するなんて何度目だろう?」 スラムで育った少年フェリオは、腕の中で冷たくなってゆく少女を抱きしめながら、そう思う。 豪胆な女性マーシエとの出会いが、 スラムの孤児であったフェリオの運命を大きく変える。 |
狂気の瞳 1 夕食はいつもより多く食べた。早く大きく立派な体を手に入れたくて。しかしそうする事によって、余計にオーベルに目を付けられるのではないかとの不安も膨れ上がった。彼は自分の自由になる体を欲している。おそらく、いや間違いなく、彼の魔術でなら、フェリオの体を乗っ取る事など、容易い事なのだろう。 満腹になった腹を擦りながら、フェリオは片付けをしているジョアンに何気なく声を掛けた。 「ジョアンさんはいつからメイドをしているんですか?」 「私ですか? 十年ほど前……つまり先の戦を機にオーベル軍へ下ったのです。父も母もオーベル殿下を支持しておりましたから」 「ジョアンさんのお父さんとお母さんは、今はどうしてるんですか?」 ニコリとジョアンは微笑み、目を細める。 「私を庇い、亡くなりました。デスティン殿下の兵に殺され、私一人が生き残りました」 「あっ……ごめんなさい。弟さんも亡くしてるのに……」 「いえ。気になさらないでください」 ジョアンは食器をワゴンに乗せ、カラカラと扉の所まで押す。そして振り返ってフェリオに一礼した。 「では片付けて参ります」 彼女はワゴンの横をすり抜けて扉を開き、そのまま表情を険しくする。どうやら扉の向こうに来客がいるらしい。 「フェリオ君にご用でしょうか?」 「あ、ああ……その……」 声から、扉の向こうにいるのがマーシエだと分かり、フェリオは複雑な表情になった。もう一度話し合えば分かり合えるかもしれないが、もし襲われでもすれば。 その迷いが彼に緊張をもたらした。 「今は食後の休憩中です。どうかお引取りを」 「すまない。じゃあ……出直すよ」 マーシエが行ってしまう! フェリオは声を張り上げた。 「ジョアンさん! 僕、マーシエさんと話をするよ」 「では私が戻ってから……」 「二人で話すから」 反論したいのか、しばらく何かを言い淀み、ジョアンは二人を見比べる。そして── 「マーシエ様。ご無礼と承知でご意見させていただきます。お話の間、剣をお預かりさせていただいてもよろしいでしょうか?」 彼女から武器を取り上げるという判断を下した。マーシエもジョアンの言葉に戸惑いながら、腰の剣に手を当てる。 彼女は騎士であり、剣を手放すという事は、騎士の誇りを手放すのと同等の意味があったのだ。 彼女はかなり迷ったようだが、パチンと剣帯を外して鞘ごとジョアンに剣を手渡した。 「大切にお預かりさせていただきます。ご用が済みましたら、お声掛けください」 ジョアンが出ていき、代わりにマーシエが室内へと入ってきた。 「フェリオ」 「剣を手放すのは騎士としてありえない事だって、昔、父さんから聞いた事があるよ」 「こうでもしないと、あんたの信用は得られないと思ってね」 ぐっと胸が熱くなり、フェリオはマーシエを見つめる。 「フェリオ。オーベルの事だけど……」 「僕の体をって事ですよね?」 「ああ」 マーシエは両膝をついて両手を胸に置き、頭を垂れた。その服従のポーズに、フェリオは驚いて目を白黒させる。 「マ、マーシエさん?」 「あたしはもう、オーベルの言いなりにはならない」 きっぱりと断言した。 「オーベルの言ったように、フェリオの体を奪わせるような命令には絶対に応じない。騎士が膝を折るのは主君と認めた者にだけだ。フェリオはもうただの影じゃない。あたしの主君だ。だからあたしを信用してほしい。フェリオに冷たい態度を取られていて、心が凍てつくくらい辛くなったんだ。あたしの中であたしの仕えるべき主が、オーベルからフェリオに変わっていたんだ。頼む。あたしを信用してほしい」 「待ってください! 待って!」 泡を食ったフェリオは、思わずマーシエに走り寄って、彼女の肩に手を置いて顔を上げさせた。 「何を言ってるんですか? 僕はただの影で、スラムの孤児じゃないですか。マーシエさんが膝を折るなんておかしいです」 顔を上げた彼女は泣いていた。 「全て話すよ、聞いてくれるかい?」 「う、うん……」 そう前置きし、彼女は語り始めた。 |
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