Light Fantasia オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。 名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、 健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。 凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー! |
2 もう涙は出ません。でも僕はまだ泣いています。 僕のせいでエイミィさんは消えてしまったんです。僕がいけないんです。 タスクさんに叱責されて、ファニィさんに無言で責められて、姉様は僕を庇おうとして、僕はいたたまれなくなって、ずっとベッドで毛布を被って震えて泣いていました。何もかもが怖いんです。部屋の外に顔を出せば、また誰かに責められそうで、怒られそうで、全てが怖くて仕方ないんです。 姉様だけがずっと僕を心配して、何度も声をかけてくださいます。でもその労わりの言葉の裏側に潜むものが怖くて、僕は大好きな姉様すら信じられなくなっているんです。 みなさんに迷惑をかけているのは分かっています。でも……僕は……もうがんばれそうにないです。顔を上げて歩くことなんて……できないです。 「……コート。わたくしお稽古に行ってきますわね。いい子でお留守番してるんですのよ」 姉様が部屋の外から、毛布にくるまった僕に声をかけてきてくださいました。 僕が不甲斐ないばかりに、姉様はこのごろ、とてもしっかりなさっているんです。僕なんてもう必要ないのかもしれません。 誰にも……必要と……されていないのかも……しれません。 「……ねぇ、コート。今日のお夕食はご一緒できまして? お昼もわたくし一人で寂しかったんですの」 「……ごめ……なさい……行け……ません……」 何とか声を絞り出しましたが、でもそれだけ言うのがやっとでした。姉様を気遣う余裕なんて、もう僕にはありません。 「そうですの……でも昨日も一昨日も、ずっとずっとコートはお食事を口にしていませんわ。それでは体を壊してしまうのではないかしら?」 姉様の気遣いが嬉しくて、だけど今の僕はとても嫌な性格になってしまっていて、姉様の言葉が煩わしくなって、毛布の端をギュッと掴んだまま毛布の中で大きく首を振りました。 「僕のことは放っておいてください!」 僕……本当にすごく嫌な性格になってしまいました。大切な姉様を邪険に扱うなんて……僕、もうきっと誰からも見捨てられます。姉様だってきっと呆れています。 「わたくし……お邪魔でしたのね。出て行きますわ」 落胆されたような姉様の声がして、ドアが開く音が聞こえました。そして姉様の靴音が遠ざかっていきました。 僕……最低です……。 こんなだから僕はみなさんに怒られたんです。呆れられたんです。一人で不安だったエイミィさんのことを第一に考えなくちゃいけなかったのに、僕は僕のことしか考えてなくて、自分勝手な理想ばかり述べて、そして大切なものをたくさん失ってしまったんです。自業自得です。 鼻の奥がまた痛くなってきて、僕は嗚咽を漏らしました。涙なんてもう出ません。でもまだ泣き足りません。泣いて、どうにかなるようなことでないのは分かっています。でも、少しでも現実から逃れようと、僕は泣き続けました。 どれほど時間が経ったでしょうか。カーテンを閉め切っている部屋が薄暗く、伸ばした手の先も見えないくらいになっていました。 姉様は……戻っておられません。僕、本当に見捨てられてしまったのでしょうか? 強張った体を動かして、僕はゆっくりと毛布から顔を出しました。そして素足のまま、ベッドから降ります。 カーテンを開くと、あの夜より少し大きな月が見えました。 まだ……三日。でももう、三日。エイミィさんを失ってから、もう、三日も経ってしまっていて、僕はずっと後悔して立ち止まっていて。 カーテンを掴んだまま、僕は項垂れました。やっぱり僕はまだ、動けません。がんばれません。 ベッドへ戻ろうとした時です。サイドテーブルに手が当たり、その上に置かれた物を床に落としてしまいました。僕はのろのろとそれを拾い上げます。 少し前に、タスクさんからお借りした魔法書です。エイミィさんと一緒にタスクさんに魔法の講義をしていただいた後、タスクさんが「興味があるなら」と貸してくださったんです。ちゃんと読んでいる暇はなかったですけれど……でも、本来の僕の、本が好きという気持ちがその魔法書を開かせました。 「魔法……古代魔法紋章と練習で誰でも使えるようになるもの。魔術……素質がなければ誰も使えないもの」 あの講義の内容はまだしっかりと覚えています。タスクさんがいて、僕がいて、エイミィさんもいて……本当に、楽しかった講義でした。 魔法書をパラパラとめくっていると、僕の手がふと止まりました。薄暗くてよく見えないですけど、でも気になる文字が目に入ったんです。 僕はもう一度窓辺に近付き、月明かりにその文字を照らしてみました。 「死人蘇生……? 蘇生って、生き返らせるって意味、ですよね?」 僕は驚いてサイドテーブルのランプに火を入れました。そしてその項目をしっかりと読んでみます。 「一度消えた命に再び仮初の息吹の炎を与える術」 たった一言しか書いていないので、おそらくとても難しい魔法なのだと思います。この魔法書より、更に高等な魔法書によって勉強できる内容なのかもしれません。でも……でもこの魔法が使えれば、僕はエイミィさんにまた会う事ができるのでは? 魔法……魔法の名前は……。 僕は必死に指先をその文字の周囲に滑らせました。項目として書かれていないため、ちゃんとした魔法の名前が分からないんです。そして僕はやっと一つの魔法の名前らしき文字を見つけました。 「……ネクロマンシー」 この魔法なら……この魔法なら僕の罪は帳消しにできる! エイミィさんを再びこの世に呼び戻して、そしてちゃんと謝って、それから本当の僕の気持ちを伝えられる! 僕は魔法書のページの隅を折り、急いでブーツを履きました。そのまま寮のお部屋を飛び出します。 タスクさんにお願いして……タスクさんにまず謝って、それからこの魔法を使ってエイミィさんを蘇生させていただけるようにお願いすれば……! 寮から組合の食堂へ向かって、僕は全力で中庭を走ります。組合の建物が月夜に浮かび上がり、そして僕の足はゆっくりと速度を落として止まりました。 「……でき……ない……きっとまた怒られる。お前の身勝手で命をもてあそぶなって、きっと……」 そうですよね。きっと怒られます。僕の身勝手で殺したり、生き返らせたり、そんなのきっと、タスクさんはものすごくお怒りになります。エイミィさんだって嫌がるに決まってます。 両手でぎゅっと魔法書を抱え、僕はその場に立ち竦んでいました。 帽子もケープも付けずにお部屋を出てきたので、シャツ一枚の僕は肌寒さでブルッと震えました。いいえ、寒さだけじゃないです。恐れ、も……。 言いようのない恐怖に怯え、僕はその場へしゃがみ込んでしまいました。 どうしよう……このままお部屋に戻るしか……。 必死に頭の中で理想と現実とを照らし合わせていると、ふと僕の正面に見たことのない靴の人が立ち止まりました。 「どうしたの、ボク? おなかが痛いの?」 優しく頭を撫でられ、僕は体を強張らせて顔を上げました。そこには僕の知らない女性がいました。 褐色の肌と、額に幾何学模様の刺青。黒くて長い髪を束ねて頭の上で綺麗にまとめていらっしゃいます。旅装束は少し汚れていますが、でもとても仕立てのいいもので、その女性のかたも上品で高貴な印象がありました。 「あら、女の子だったかしら? ボクなんて言ってごめんなさいね」 オウカ標準語ですが、でも少し訛りがあります。 「……あ、あの……僕、男……です。間違って……ないです」 「まぁ、そう」 目を細めて優しく微笑まれます。姉様やファニィさんとは全然違いますが、とても優しそうなかたです。 「それで坊やはおなかでも痛いの? こんなところに蹲っていたけれど」 「い、いえ……平気、です」 女性の身体的特徴から察して、タスクさんと同じジーンのかたなのでしょう。刺青もあるということは、おそらくこのかたも魔法使いです。 「あら? 魔法書? 坊やも魔法使いなの?」 「……こ、れは……お借りした……ものです」 「そうなの。坊やはお勉強家さんなのね」 女性が僕の頭を撫でてから、僕の手を引いて立ち上がらせてくれました。 「坊やはこの組合の誰かの弟さんか子供さんかしら? おねえさんね、冒険者組合にお仕事をお願いしにきたの。でもちょっと迷っちゃって」 そういえば、ここは組合の敷地内です。関係者か、依頼者のかた以外は入れない場所でした。 「こ、こちらは……組合の寮、です。お仕事の依頼……は、あちら……の、建物の中で……」 「あら。じゃあ私は逆の方向に来ちゃったのね」 女性がおかしそうに笑いました。不思議とその声で、僕の緊張がほぐれていきました。 「あ、あの……ジーンから……いらしたのですか?」 「ええ、そうよ。坊やは小さいのによく私がジーンの民だと分かったわね。この肌の色でかしら?」 「あの……ぼ、僕の知っているかたに、魔法紋章の刺青をお顔にほどこされるのは……ジーンの風習だとお聞きしたことがあって……」 「まぁ、お利口さんな坊やね。まだ小さいのに。あら?」 女性が僕の髪を撫で、そして痛くないくらいの力で僕の耳を引っ張りました。 「坊や、ラシナの民だったの」 僕がコクンと頷くと、女性が再び笑顔になりました。 「道理で綺麗な子だと思ったわ」 僕は照れてしまって、視線をつま先へと落としました。 「坊やの知り合いは組合にいるの? 内部に詳しいみたいだったけれど」 「……僕も……その……組合員、です」 「え? 坊やみたいな小さな子でも冒険者になれるの?」 「ぼ、僕は特例だそうです。その……姉様と二人で一人の扱いで……ほ、他には十五歳以下の子供はいません」 「そうだったのね。じゃあもし良かったら、私を元締めさんのお部屋に案内してもらえるかしら? 事前にお手紙をお出ししているの」 僕は困ってしまいました。 執務室にはきっとファニィさんがいらっしゃいます。お客様がいらっしゃったら、もしかしたらタスクさんもお茶を持って執務室にいらしてしまうかもしれません。姉様もまだ戻っていませんし、どこで誰と会うか分からないのに僕……そんなの怖いです。 「どうしたの、坊や?」 「……あ……あ、の……ごめん、なさい……僕……い、今……組合に入れなく、て……」 枯れたと思っていた涙がまた溢れ出しました。体が震え出し、僕はまた全身が震えはじめて目元を擦ります。 「まぁ……急にどうしたの? 私、何か悪い事を言ってしまったかしら?」 初対面のかたにも心配をかけてしまうなんて、本当に僕、最低です。やっぱり僕なんて、もういなくなってしまったほうがいいんです。 「ご……めんな……さ……」 僕が女性に謝ろうとした時でした。 「まぁ、コート! どうしたんですの?」 姉様の声に、僕は驚いて顔を上げました。姉様が僕を見て目を丸くしていらっしゃいます。そして僕の傍にいる女性を見て、唇を尖らせました。 「そこのあなた! わたくしのコートをいじめましたわね? わたくし、許せませんわ!」 「え……コー、ト? ああ、坊やのお身内の方ですか? 私は坊やに道を聞いただけで……」 「コートはわたくしの大切な弟ですのよ! わたくしがいないと思ってコートを泣かせるなんて、とても酷い事をなさいますのね!」 「い、いえ。それは貴女の勘違い……」 「コート、いらっしゃい! わたくしがこの方をメッてして差し上げますわね!」 大変です。姉様が泣いている僕のことを勘違いして、このかたに対して怒っていらっしゃいます。 姉様が僕を片腕で抱き上げると同時に、空いているほうの片腕がすっと高く伸びます。僕は慌ててその腕を押さえました。 「ね、姉様! このかたは無関係で、僕は一人で勝手に泣いていただけでっ!」 「まぁ、そうでしたの? 申し訳ないですわ。わたくし、ちょっと早とちりしてしまいましたのね」 「え、ええ……ご理解いただけたのなら……」 女性が姉様の平手打ちを警戒したまま、恐る恐るこちらをご覧になっています。姉様に叩かれたら、このかたはきっと骨が折れてしまいます。間に合って良かったです。 「コート、もう平気ですの? じゃあお夕食は一緒に食べられますわね?」 姉様がいつもの優しい微笑みを僕に向けてくださいます。 姉様……姉様はやっぱりずっと、僕の味方でいてくださったんですね。僕を怒っていらっしゃらないのですね。 「お姉さん、申し訳ないのですけれど、少しお時間をいただけません? 組合の元締めさんにお取次ぎいただきたいのです」 姉様はきょとんとして女性を見ています。あ……僕のことに夢中で女性のお話しをちゃんと聞いていらっしゃらなかったのですね。 「姉様。このかたは元締め様とお約束があって、お会いしたいとのことです」 「まぁ、そうでしたの。ではご案内しますわね」 姉様は僕を抱いたまま歩き出しました。 「ね、姉様! ぼ、僕はお部屋に戻りますから……っ!」 「いいえ、一緒にお夕食ですの。嬉しいですわ、コートと一緒のお食事」 僕はまだ何かを口に入れたい気分ではありませんし、それに組合へは……。 僕の願いもむなしく、僕は姉様に連れられて執務室の前まできてしまいました。 |
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