Light Fantasia

オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。
名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、
健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。
凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー!


     彼方から

       1

 目の前で、無言で飯を頬張るファニィをぼんやり見ながら、俺はゆっくりと香草の茶を啜る。
「……今日はお茶、持ってきてくれなかったね。お昼ご飯がこんな時間になるくらい忙しかったのに」
「んあ? ああ、悪い。今日の俺、駄目だ。全然頭が回らなくてな。昼も些細なミスばっかだった」
 普段俺は、ファニィや元締めが忙しそうだと感じた時は、何も言われなくても執務室に茶を持っていくようにしている。この二人、血は繋がっていなくともさすが親子といった様子で、仕事が忙しい時、作業に集中している時は、周りの人間が気を使ってやらなきゃ、休憩一つ挟もうとしないんだ。自分より周りを優先するタイプってのは、確かに立派だしカリスマ性もある。だがそれじゃいつか体を壊してしまう。だったら周りが気を付けてやらなきゃならないじゃないか。
 俺は組合ではまだ下っ端だが、俺にできる事ならなんだって手伝ってやりたい。俺の事を家名で判断した訳ではなく、『魔法使いのタスク』としての能力を買ってくれた組合には全力で尽くしたいと思っている。
「ホント、今日は忙しかったよ。お茶飲んでる暇があるならハンコ一つでも多く押してないと大変なくらい」
「それでも休憩しないと倒れちまうぞ。元締め様だってもういい歳なんだから、お前がしっかりしてやらなきゃならないだろうが」
「確かにね。これ食べ終わったら交代するよ」
「ああ。すぐ出せるようにしといてやるから、意地でも元締め様を食堂へ引っ張ってこい」

 俺はカップの茶を飲み干した。そしてテーブルに頬杖をついて唇を引き結ぶ。
 駄目だな。やっぱり言葉が続かない。
「……さすがに……今日は手伝いに来いなんて、言えないしね」
 補佐官であるファニィの手伝いをしているのは、書記官の肩書きを持つコートだ。
 俺やファニィがこんなにも滅入っている原因はコートだから、その当人を呼び出そうとは思わないし、コートだって、のこのこと顔を出せるはずがない。もっとも無理に呼び出したとしても、コート自身が一番塞ぎ込んじまってるんだから、仕事どころじゃないはずだ。
「……あの馬鹿が……あの時、エイミィの名前を呼んでやればな」
 俺はつい、ここの所ずっと頭ン中をぐるぐるしていた愚痴をこぼした。
「それはそうだけど、もう今更どうにもなんないじゃない。タスクの事は、あの子なりにちゃんと真剣なんだしさ」
「はぁ……俺には理解不能。アレを寛容できるお前は強いねぇ。俺には真似できねぇわ」
 俺には全くもって理解不能だが、コートには同性愛という性質の悪い性癖がある。俺もオウカに来てつい最近知った事だが、コートの生まれたラシナではそれはさほど珍しい性癖ではないらしい。美男美女が多いので、たまたま好意を持った相手が同性であったという事も多いらしいし、基本的にラシナの民は考え方が奔放な人が多いんだ。
 だからコートとジュラさんのお袋さんも、あんな奔放で身勝手で、しかも凄まじく傍迷惑という性分なんだろう。
 俺は怖そう、気難しそうといった見た目で損している分、誰かに外見を好意的に見られる事は嫌ではないし、むしろ嬉しいくらいだが、同性に恋愛対象として見られるのは御免被りたい。コートは俺にとって、可愛い弟以上の何者でもないし、これからその気持ちが変わる事もない。
 ファニィは唇に付いたソースをペロリと舐め、虹彩の長い赤い目を俺にじっと向ける。俺は一瞬たじろぎ、逃げ腰になった。
「な、なんだよ」
「あたしは強くなんかないよ。エイミィの事は今でも悲しいし、誰かに八つ当たりできたらどんなに楽かなって思うけど……でもそんな事しちゃったら、あたしはあたしじゃなくなっちゃうもの」
 ファニィは自分で言うように、誰もが『ファニィだ』らしいと感じる、もっとも彼女らしい選択をして、その通りに行動している。そしてその選択肢に間違いはない。少なくとも俺は、ファニィの選んだ行動が間違っていた事を見た事がない。
 全てがファニィらしい。
 俺にはそれがファニィの魅力であり、強さなんだと思える。俺がファニィに惹かれる要素だ。
「ねぇ、タスク。タスクの気持ちも分かるよ、あたし。だけどもうコートを責めないでやって。コートだって苦しいの。あたしたち、あの子の頭の良さを頼って大人みたいに扱う部分が多いけど、でもコートは……まだ十歳なの。子供なの。まだまだ何も知らない子供なの」
 ファニィが真摯な目で俺を見つめている。
「……分かってるよ……お前に言われなくてもさ」
 やっぱりファニィは凄い。俺には真似できない程、俺では触れる事さえできない程、ファニィは強い。そして仲間を思う気持ちも誰よりも強い。コートやジュラさんにだけでなく、組合の誰にも同じだけの思いを抱いて、優しさを分け与えている。
 俺は自分のガキさ加減に嫌気が差してきた。
 頭では分かっている事を、いつまでもいつまでもコートを責める事によって、必死になって躍起になって自分の平常心を保とうとしている。ホントに俺……図体だけがでかいままのガキだ。
「……悪かった。もう、コートやエイミィの事は口にしない。俺ン中で気持ちが整理できるまで、もうちょっと掛かるかもしれねぇけど、でもコートを責めるような言葉はもう口にしない」
「うん。ありがと」

 エイミィ……恋をして、天界から落ちてきた天使。幼い頃に聞かされたおとぎ話に出てくる天使なんて者が、本当にこの世にいた事にも驚きだが、それがあんなに小さな少女だなんて。
 天使なんて人外の者に人間の年齢を当てはめるのは見当違いだろうが、でもあんなに小っちゃな体で、命がけで惚れた相手の傍にいようと天界から落ちてくるなんて……エイミィの恋を成就させてやりたかったな。
 コートがもう少し大人だったら、コートが俺なんかに惚れてなければ、結果は違っていたのかもしれないが、それは今の状況ではどうしたって分かるような事じゃない。俺たちにできるのは、エイミィというあの少女の存在を忘れないでいてやる事だけだ。
「……あ……ええと……そうだな。仕事は夜までかかりそうだからさ。お夜食。あたしと元締めの分のお夜食、執務室に出前頼んでもいいかな?」
 ファニィが明るい声を張り上げる。話題を変えたかったのは俺も同じだし、ファニィの気遣いが心に染みる。
 俺はペチッと自分の頬を叩き、無理矢理笑顔を作った。
「任せとけ。お前の選択は正しい。俺に頼むとは目利きだな」
「えへへー、そうでしょ。あ、でも書類片付ける時に邪魔になるような、取り分けが必要な大皿料理は勘弁よ」
「それくらい分かってら。誰に言ってやがる?」
 俺とファニィは軽口を叩き合い、テーブルの上で緩く拳をぶつけ合った。

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