Light Fantasia

オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。
名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、
健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。
凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー!


     天使の花

       1

 昼のラッシュが過ぎ、俺は挽いた豆を濾した茶を啜って食堂の椅子に腰掛ける。全くもって今日もよく働いたぜ、俺。
 食堂チーフがすでに俺に厨房の全権を託してくれちまって、今じゃほとんど注文取りくらいしかやってくんねぇもんなぁ。あ、いや注文取りすらサボってるところをよく見掛けるな。
 ああ、なんか俺一人が目まぐるしく働いて、フライパンの振り過ぎでどうも腕がプルプルする。別にこういう疲労は嫌じゃねぇけどさ。
 しっかしなぁ。少しくらい洗い物の手伝いしてくれたっていいじゃないか。まだ俺は新人だから文句は言えねぇけど、あらゆる意味ですっげー便利に使われてる気がする。
 立派な魔法使いになる修行をしてくると大見栄きって家出してきた手前、姉貴や両親にはとても報告できないが、昼間のバイト疲れで夜の魔法の勉強だって最近サボり気味なのがどうにもこうにもマズい。いや、サボり〝気味〟じゃなくて〝サボってる〟だ。現在絶賛サボり進行中だ。
 ……ううっ……今夜からサボらずやる……自分が情けない。

 香ばしい苦みのある熱い豆の茶を啜りつつ、束の間の休息を楽しむ。これが終わったら夕飯の仕込みして、それから……。
 と、これからのスケジューリングを頭に描いていた時だ。視界の隅に、コソコソ動く青いモノが引っ掛かった。
 ……また〝いつもの〟か。
 青いモノの正体は、この冒険者組合のマスコットだのアイドルだの言われてる、そりゃもう愛らしさ満点の美幼女……の姿をした坊主だ。そいつが被る大きめの青い帽子が入口の陰から隠れ切っておらず、見切れてるんだ。
 もう慣れちまったが、奴にはその愛くるしく可愛らしい容姿から想像できない真逆の悪癖持ちで、まぁいわゆる男なのに男好きというソッチの気があり、俺は奴の好みにドストライクしているらしい。
 ま、懐かれる分には別段悪い気はしないんだ。俺自身は普通にしてるつもりでも、俺の容姿はパッと見は人を遠ざける怖そうな容姿だとよく言われ、初対面の相手から大抵壁を作られる。それなのに好意的に見られるというのはどちらかと言えば嬉しい。俺も奴を弟みたいに可愛いと感じてきてるし。
 だが断じて! 俺はノーマルであって、ソッチの気は一切ない。何が何でも奴の一方的な片思いで終わってもらう。ここに宣言する。

 俺は自分の隣の椅子を引き、その青い帽子の方へと顔を向ける。
「おーい、コート。またのぞき見か? チラチラのぞき見するくらいなら、堂々とこっち来い」
 俺の言葉に、慌てて柱の影に隠れてしまうコート。とっくにバレてんだっつーの。
 だがそういうピュアな子供っぽい仕種もこれまた恐ろしいほど似合っていて、そりゃあもう愛らしい事この上ない。もはや小動物的可愛くるしさだ。本来ならばこまっしゃくれて憎たらしい盛りである齢十歳にしてこの可愛らしさ。そして俺に向けられるとんでもない悪癖。一体これは何の罰ゲームだ?

 俺はカップを置いて、そっと足音を忍ばせてコートに近付く。そして柱の陰に隠れているコートの帽子越しに、奴の頭をパッと押さえ付けた。
「今日も俺の観察日記でも書こうってんだろ!」
「わっ! ち、ちが……違いま……すっ!」
 俺が突然現れたかのように驚き、コートはバタバタと両手を振って、真っ赤になって弁解する。おーおー、ラシナの民特融の、尖ったナイフみたいな耳の先まで真っ赤になって、どこからどう見ても恋する乙女然としてるなぁ。
「ほら、落ち着け」
 先日のコート誘拐事件から、コートは以前と比較すれば、割とちゃんと俺と対話できるようになってきている。以前なら恥ずかしさと緊張からか、ほとんど会話が成立しなかったからな。
「こっち来い。ジュース飲ませてやるから」
「……す、すみません……」
 俺は厨房へ行き、コップに果物の汁を絞ったジュースを淹れて、コートのために引いてやった席の前に置いた。コートはぎくしゃくとしながら、その椅子によじ登るようにちょこんと座る。
 はぁ、ホントにこいつ、十歳か? 背丈も体格も仕種も、もっと幼く見えるぞ。俺も最初にこいつを見た時、せいぜい七歳か八歳くらいにしか見えなかった。こいつは頭の中身が異常発達してるせいで、体の方が発育不良起こしてるんじゃないだろうか?
「ジュラさんを放っておいて大丈夫なのか?」
 ジュラさんはコートの姉さんで、これまた相当中身に問題のある絶世の美女なんだ。そしてその抜群のプロポーションと美麗さを兼ね備えた容姿からは想像できないくらいの、異常怪力の持ち主。大の男を片腕で軽々吹っ飛ばせる美女なんて、後にも先にもジュラさんしか見た事がない。
 コートとジュラさん。頭の中身と外見を、足して二で割れば丁度いいんじゃなかろうか。などと、つい考えてしまう。
「ね、姉様は……今……鍛錬室に……」
 ジュラさんは一応武術家だからな。一応毎日の鍛錬は欠かしていないらしい。
「で、お前はお勉強か?」
 コートは頭に超が幾つも付く程の天才児。知識量だけなら間違いなく俺や、この組合の誰よりも凌ぐ程のものを持っている。辞書も資料も見ずに、各国の言葉や歴史を即答できる人間なんて、コート以外に見た事がない。
それからコートは、他人との交流は苦手だが、手先もかなり器用で、組合のいろいろなからくりを作っているらしい。
「い、いえ……あの……今日、は……書類の整理を……」
「書類?」
 図書館の書物の整理か?
「ファ、ファニィさんのお手伝い……です」
「はぁ? なんだそれ?」
 ファニィは組合の補佐官で、実質この組合のナンバーツー。その補佐官の手伝いだなんて、子供のコートには……あー……こいつならできるだろうが、でも個人情報の機密とかどうなってんだ? 頭は良くても子供だぞ。
「おいおい。組合の機密情報の取り扱いを、なんでお前なんかに手伝わせてんだよ、あいつ」
「と、時々ですけれど……お、お手伝いさせていただいてます。その……僕……しょ、書記官……というのをさせていただいてますので……」
 書記官! そういや前に聞いた。
「ファニィが信頼してる書記官って、お前の事だったのかよ?」
「え? ええ……たぶん。書記官は……ぼ、僕の他にいませんから」
 コートはジュースの入ったグラスに口を付ける。
「いや確かにお前なら難しい書類をどうのこうのって可能だろうけど、でも十歳やそこらのガキの指示に、組合の連中が従うものか?」
「は、はい……あの……み、みなさんちゃんと……聞いてくださってます。そ、その……みなさんの前でお話しするの、すごく恥ずかしいですけど……」
 クッ……そういやこいつはここのマスコットでアイドルだったか。ある種、コートのファンというか、信者のような組合員がいてもおかしくはない。どうなってんだ、この組合の連中は。みんなちょっと変な奴ばかりか?
「あー、ったく……じゃあ俺も、ファニィになんかあった時は、お前の指示には従わなくちゃなんねぇ訳?」
「そ、そうなり……ます、ね。ファニィさんがご不在の時とか……お部屋に閉じ篭っていらっしゃる時とかは……」
 ん? 部屋に閉じ篭る? ファニィがか?
「ファニィが部屋に閉じ篭るってどういう事だ? たまに仕事放棄しやがるのか?」
 責任感だけは強いと思ってたんだが、あいつもやっぱまだ若いし、遊びたい盛りなんだろうか?
「い、いえっ……そ、そういう訳ではなくて……その……えと……時々なのですけど……た、体調を崩される時があって……」
 あ、俺、今すっげー下衆な事、考えた。女には月に数日、そういう時があるんだっけ。姉貴も理由もなくいきなり不機嫌になったり、酷い時は寝込んだりしてたからな。
 ここにファニィ本人がいなくて良かったぜ。あいつの前でこんな事を言ったら絶対に「助平!」とか喚きながら平手打ちが飛んできただろう。
「あー、わり。そういう理由か。俺が悪かった」
 コートの前で手をひらひらさせると、コートは不思議そうに小首を傾げる。コートはまだそういうのは理解できる歳じゃない、か。
「で。お前が手伝いに来てるって事は、ファニィは部屋にいるのか?」
「いえ……ま、まだ執務室にいらっしゃいます。でも今夜辺りからきっとだめですって……仰ってました」
 うわ、俺また自爆。
 もうこの話題は避けよう。で、とりあえずファニィにはなんか腹に優しい軽食でも持ってってやるか。
「あー、もういいぜ、その話。とりあえずあいつがいない時はお前の指示に従えって事だよな。はいはい、ガキんちょに使われてやりますよ。俺まだ新人だし」
「そ、そんな! タスクさんに……め、命令するなんて……僕……」
 謙虚なんだか遠慮なんだか訳わかんねぇが、でもコートならファニィほど突拍子もなく傍若無人な命令なんかはしてこないだろう。
「それで? お前がここに来てるって事は、今日の仕事はもう終わりなのか?」
「……あと少し、です。も、元締め様に休憩してきなさいって言われたので……」
 元締めもコートを結構可愛がってるからな。
「よし。じゃ、もう一息頑張ってこい。晩飯はジュラさんと二人、特別コース作っといてやるよ」
「あ、ありがとうございます」
 コートが嬉しそうにぺこりと頭を下げた。

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