Light Fantasia

オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。
名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、
健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。
凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー!


       3

 乱暴されたのか、頬を押さえたままファニィは蹲っていた。いつも頭に巻いているバンダナは外れて傍へ落ちている。
 そして、そんなファニィを、ヒースは複雑な表情のまま見下ろしていた。
「……ファニィ……」
 俺の声に驚いて、ファニィが肩越しにこちらを振り返る。虹彩の長い赤い目が、いつもより鋭く爛々と輝いている。そして俺を見つけた途端、慌ててバンダナを拾い上げて頭に巻き付けた。
 あれ? なんかファニィの雰囲気が違って見えたような……。
「な、何しに来たのよ! 勝手にここに入ってきていいと思ってるの?」
 雑音の混じる声。だがファニィはすぐに喉を鳴らしてもう一度声を張り上げる。
「出て行きなさい!」
 いつも通りの声だった。今の……何だ?
「また、何かされたのか?」
「あんたに関係ないでしょ!」
「そうだ。下っ端には関係ない。出て行け」
 この前みたいに手を出したら俺の負けだ。この腐りきった根性のひん曲がっているヒースの野郎は、徹底的に言葉で叩きのめしてやらなきゃならない。
「ヒース。てめぇはファニィを疎んで、ファニィをなじってるんだろう? 立場上、抵抗できない事を知った上で」
「……はあ?」
「とぼけるな。ファニィを弄ってる姿、俺は二度も見てるんだ。今更言い逃れするのは男として情けないぜ」
「……フン」
 ヒースがまた逃げるつもりなのか、執務室から立ち去ろうとする。俺は奴の腕を掴んで引き止めた。
「逃げるのか?」
「逃げる? このおれが? お前のくだらない話に付き合ってられないだけだ」
「それを逃げるって言うんだよ」
 ヒースが俺を睨み付けてくる。初めて明るい場所でヒースの顔をまじまじと見たが、どうも俺は奴の言動に違和感を覚えた。
 ファニィを弄っていたのだから、そりゃキツい顔をしているんだろうと思っていたが、元締めと同じとび色の目はどこか泳いでいて、醸し出す雰囲気がどこか弱々しい小動物のような、小者が精いっぱい虚勢を張っているような感じなんだ。俺が掴んでいる奴の腕も、どうも小刻みに震えているようで、癖のない赤毛も僅かに揺れている。

「お前……」
「離せ!」
 ヒースが俺の腕を振りほどく。そして舌打ちした。
「逃げる訳じゃない! 魔物との混血なんかと同じ部屋の空気を吸っていたくないだけだ!」
 それだけ叫び、ヒースは執務室を出て行った。俺は奴を追おうとも思わなかった。なぜならあいつは……弱い。弱さを見せないように、偉そうな言葉と不遜な態度で武装して、ただ虚勢を張っているだけだと分かったからだ。まさに小者が、副元締めという肩書きだけに縋って偉ぶっているだけなんだ。
 ジュラさんが言っていたな。ヒースは組合の連中から嫌われてるって。そりゃあんな態度を取っていたら当然だ。普通は元締めの息子だというだけで、相応の尊敬を集めるものだ。だが実際は逆。
 組合の連中はヒースを嫌っている訳じゃない。腹の中で笑っているんだ。小動物が虚勢を張る仕種がおかしくて笑ってるんだ。だが腐っても元締めの息子。真実を口に出しては言えない。だから嫌う、つまりは避ける事によって接触を拒んでいるんだ。
 事実を知ってしまえば、あいつは憐れなだけの男だとしか思えない。

「……出て行きなさいって……言ったのに……」
 弱々しい声音でファニィがポツリと呟いた。そしてさっき乱雑に巻き直したバンダナを、しっかりといつも通りに締め直す。
「ファニィ。お前はヒースに何を遠慮しているんだ? 実子だからか? お前が養女だからか? この組合は実力主義なんだろ。なら実力のあるお前がヒースに遠慮する必要なんて何もないじゃないか」
「タスクには関係ないじゃない」
「関係なくはないだろ。俺たちは仲間なんだから」
 俺の言葉に、ファニィがすかさず牙を剥く。
「誰が仲間ですって? ただ一度だけ、一緒に仕事しただけじゃない! 確かに組合って意味では仲間かもしれないけど、あたしがあんたと親しくしてるのは、コートもジュラもあんたを気に入ってるからよ! あたしはそれに付き合ってやってるだけ! 図に乗らないで!」
「図に乗ってた事は謝るよ。悪かった。でも俺はお前がなじられて弄られてる姿なんて見たくない。脅されて従順にならざるを得ないお前を見捨てておける程、俺は割り切れた大人なんかじゃないんだ」
 俺が言うと、ファニィが声を詰まらせた。のろのろと立ち上がり、おそらく殴られたんであろう、頬を押さえる。
「……あたしは……脅されてなんかないよ」
 ファニィが濡れた目で俺を見上げてくる。そしてゆっくりと口を開いた。

「……ヒースのママを……元締めの奥さんを殺したの……あたしの実父なんだ」

 苦しそうに、ファニィが言葉を続ける。
「あたしの実父はダンピールで、元締めはそれを追うハンターだった。だけど実父は人を襲うような人じゃないって分かってから、二人は親友になったんだって。それからずっと交流があって、お互い結婚して、あたしやヒースが生まれて……だけどあたしがずっと小さい時。あたしの実父は突然ヒースのママを襲って殺したの。理由なんて分からない。あたしは小さかったから、何が起こってるのかよく分からなくて、部屋の隅でずっと震えてて、気付いたら、元締めが泣きながらあたしの実父の傍に立ってた。その時もう、実父は死んでた。たぶん……元締めが人を襲った魔物として、処分したの。それからの事はよく覚えてない。あたしの実母はいなくなってて、一人で残されたあたしは元締めに『ワシの娘になりなさい』って言われてよく分からないまま着いていって、今に至るわ。なんとなくだけど、あたしは思う。あたしの実父は魔物化したんじゃないかって。だからヒースのママを襲ったんじゃないかって。元締めは魔物化してしまった親友を止めたんじゃないかって。だからヒースがあたしを恨むのは当然だし、あたしの罪の意識がヒースに逆らえないでいる。脅されて従っている訳じゃないの。これはあたしの意思だから。魔物との混血であるあたしは……みんなに疎まれて当然だから。今の状況が恵まれすぎてるの。一見みんなに慕われてるけど、でも本当の心なんて分からない。あたしは自覚してる。あたしの血は疎まれ蔑まれる血であるって事」

 俺は何て声を掛けていいのか分からなかった。魔物との混血であるというファニィの苦しみは俺には理解できないし、自分の親が誰かを殺してその逆恨みで誰かに恨まれるという経験もない。
ただ一つ俺が共感できるのは、本当の味方がいないという事。俺が魔法使いではなく、魔術師だから、俺はジーンではいつも一人ぼっちだった。死の術を操る魔術師であるというだけで、俺は家族以外の誰からも嫌煙されていた。
 それと同じなんだろう。魔物との混血という十字架を背負ったファニィの孤独は。
ファニィがいつもジュラさんとコートと一緒にいるのは、あの二人がファニィのただ二人だけの理解者だからだろう。ファニィもそれが分かっているから、二人といつも一緒にいる事を好んでいる。
 俺はつい、ファニィを抱き締めていた。あの小憎らしいファニィが憐れで、だが俺と同じ立場なのだと知って、そしてそれらを全てひっくるめて、ファニィが愛しくて堪らなくなっていたんだ。
「……お前が遠慮する理由は何もない。本当にお前が疎まれる存在なら、元締め様だってお前を許しはしていない。お前が魔物との混血である事実を受け入れて、それでいてなお、お前を傍に置いてるのは、お前が親友の忘れ形見である以前に、お前を本当の娘として思ってくれてるからだよ」
「でもあたしは……」
 俺の腕の中で、ファニィはしおらしくしている。そしてぎゅっと目を閉じて俺の服を掴んだ。
 やっぱりファニィは……可愛いと思う。俺、ファニィをすげぇ気に入ってる。ファニィとつまらない事で軽口を叩き合い、笑い合っている事がこの上なく楽しい。ファニィという存在が、俺の中で大きくなってきている。
 今更とか、なんでとか思うけど……俺はこいつに惚れてるんだと思う。
「……俺……お前が……」
 いきなりだとは思ったが、俺は感情のままにファニィに想いを告げようとした。だが、ファニィは片手で俺の口を押えて俺の言葉を遮る。
 俺を見上げながら、ファニィははにかむように笑っていた。
「……それ以上言ったらコートがヤキモチ焼くよ」
「なんでこの状況でコートの名前が出てくるんだよ」
 俺は気まずくなり、ファニィを解放した。そしてファニィに背を向け、腰に手を当てる。
 クソ……俺、なに先走った事してしまったんだろう。ほんのついさっきの事だけど、思い出すだけで顔から火が出そうだ。

「ふふっ。タスク、ありがと」
 ファニィが俺の背にポンと手を置く。
「ヒースの事、とりあえず元気になった。あたしの覚悟も決まった。あんたには感謝してる」
「お、おう……」
 ファニィの顔はとても見られるような気分じゃなかったが、でもその声はいつもの明るい声だった。自分で言ったように、俺の言葉をきっかけとして、ファニィの中で気持ちが整理できたんだろう。
「補佐官として命令を一つ」
 ファニィが俺を残して執務室の出口へと向かった。そして扉の前で足を止める。
「今日あった事、誰にも言わないように。特にコートに知られたら、あんた泣かされるわよ」
「……は?」
「ふふっ。つまり、二人だけの秘密だよって事」
 ファニィは一度だけ振り返り、可愛らしく微笑んで片目を瞑った。そのまま執務室を出て行ってしまう。
 俺がコートに泣かされる? そりゃあ、お気に入りである俺がファニィに告白未遂したなんて言ったら、コートは嫉妬してわんわん泣くだろうが、間違っても俺がコートに泣かされるような事になるとは思えない。あのチビで内気な小僧に。
 ファニィの意味深な言葉と、二人だけの秘密という、胸がざわめくような言葉に混乱した俺は、平常心を取り戻そうと大きく深呼吸した。

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