Light Fantasia

オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。
名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、
健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。
凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー!


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 とても緊急な事態です。タスクさんが工房に一人で行かれるなんて、予想していませんでした。
 工房へ続く螺旋階段の途中が壊れていて、僕はそれを修理する予定でした。そして地下の工房の温度を保つための換気用ダクトも修理しないと、工房には窯から熱せられた空気が充満してすごく熱くなってしまうんです。長時間そんな中にいれば、肺が焼けて呼吸できなくなってしまいます。
 それにもし無事に工房まで降りられたとしても、工房には触れると危険なからくりも沢山あります。不用意に触ったら爆発してしまうものだってあります。
 本来なら工房へは、どなたも降りてこられないように二重のロックをかけてあります。ですが今日だけは、階段とダクトの修理のため、僕は予めロックを外してあったんです。最初のドアの伝声管から声をかけてくだされば、僕の不在も分かったかもしれませんが、タスクさんはきっとそれにお気付きにならなかったんだと思います。

「あっつ……」
「工房の窯は火を落としてあるので、これ以上は熱くならないと思いますが、ダクトが壊れているので熱気を排出できないんです」
 ファニィさんが上着を脱いで腰に巻き付けます。チューブトップだけの上半身なので、とても涼しそうではあるのですけれど……でもちょっと露出が多すぎるのではないでしょうか?
 あっ、今はこんなことを考えている余裕はないですよね。
「コート。やっぱさ、この形状の階段って危険じゃない? あんた小さいから段を踏み外したら隙間から落っこちるんじゃないの? 事実タスクも落ちたみたいだし」
「そ、そうですね。でも最初に工房を作っていただいたとき、まだ予算があまりなかったので……」
 石で隙間のない階段を作ることができれば良かったのですけれど、組合の予算を僕の工房のためだけにたくさん使ってしまうことに気が引けたので、この簡易版の木製の階段にしたのですが……こんな事故が起こってしまうなんて。
 タスクさん、途中で階段が壊れていることに気付いて、引き返してきてくださらないでしょうか?
 僕は必死に不安を押し殺しながらファニィさんと階段を降ります。最小限の照明を付けてはいるんですが、それから発する光も少し不安定です。発光する水の循環が上手くいってないのでしょうか?

「……あれ? ねぇコート!」
 ファニィさんが僕の肩を掴んで引き止めますそして地下を指差しました。
「あれ! あの人影! タスクじゃないの?」
 僕は階段の縁から地下を見下ろしました。すると工房の入口、最深部分に倒れている人影が見えました。
「……ッ! タ、タスクさん!」
 声を張り上げて呼びかけましたが、タスクさんは返事をしてくださいません。
「打ち所が悪かったのかも! 急がなき……わっ、ここ階段が!」
「はい、この部分が三段ほど抜けてしまっていて、修理しないと降りられません」
 ファニィさんがギリッと爪を噛んで目を細めます。
「距離的にはあたしなら飛び越えられるかもしれないけど……」
 ファニィさんが見つめる先は、もう一段が外れそうになっている四段目の階段です。
「はい。あの、たぶん……ファニィさんの体重は支えきれないと思います。僕でもどうにかというくらいかと。ファニィさんは僕よりずっと背も高いですし大人ですし……」
「あんたじゃジャンプ力が足りないでしょ。あたしにあんたを投げるってのも無理だし。それに跳び移れたとしても、あんたじゃタスクを抱え上げる事もできないわ」
 ファニィさんが苛々としながら腕を組まれました。そして何か方法がないか考え込みます。
「階段の修理はあんたにしかできない?」
「い、いえ。建築の知識があるかたでしたら簡易的に修理はできると思います」
 ファニィさんはパチンと指を鳴らしました。
「じゃああたしは修理できる人間探してくるわ。で、あんたはジュラ呼んできて向こう側に投げてもらう。先に降りてタスク診ておいて」
「は、はい。じゃあ一旦上に戻って姉様を……」
「あんたはここにいて、ここからタスクを見てて。呼び掛けて返事をするかだけでも生死の確認できるでしょ」
 〝生死〟という言葉を聞いて、僕は目の奥が熱くなりました。いえ! 今は泣いてる暇なんてないんです。
「わ、分かりました。待ってます」
「じゃ、急いで行ってくるわ!」
 ファニィさんが風のように軽やかに階段を駆け上がっていきます。僕はそれを見送って、もう一度階段の縁からタスクさんを見下ろしました。
「タスクさん! 返事してください!」
 やっぱりお返事はありません。光量のないここの照明では、タスクさんの姿をはっきりとは確認できません。ですが頭部から何か血のような物が零れているのが見えます。
 タスクさん……。
 この籠った熱気で意識が朦朧としているだけなのか、落下なさって頭を打たれたのか、どちらかによって対処法は変わります。でもここからでははっきり確認できません。
 僕はごくりと唾を飲み込んで、壊れた階段を見つめました。
 姉様を待つのが一番確実ですけど、でも僕、もう待っていられません。気持ちばかりが急いてしまって、正常な判断ができなくなっています。
 落ちたら僕も怪我を……いえ、死んでしまうかもしれません。でも……でも僕、もうタスクさんを放っておけないです!

 五段ほど階段を昇って、僕はゆっくり深呼吸しました。熱い澱んだ空気が喉を通ります。
 僕、今、自分で決めないと、きっと後悔します。だから……やります!
 恐怖で目を閉じてしまわないように必死に勇気を奮い起こし、僕は強く階段を蹴るように駆け出しました。
 さん、に、いちっ!
 崩れてしまっている最後の段を、思いっ切り蹴り出します。
 ほんの一瞬だったと思います。だけどすごく長く、空中にいたような気がします。
「わっ……と……」
 僕は崩れそうになっている四段目に軽くつま先で着地し、そしてすぐに五段目に重心を移動させました。
 僕が飛び降りた衝撃で、四段目が壁から抜け落ちてしまいました。さっきより開いてしまった空虚の隙間を見て、僕は今になって、全身から汗が吹き出しました。
 まだ心臓がドクドク脈打っています。すごく、すごく怖かったです。でも僕はできたんです。跳び越せたんです。
「はっ……は……」
 胸を押さえて少しだけ呼吸を整えると、僕は唇を噛み締めて立ち上がりました。そして壁を片手でなぞりながらなるべく急いで階段を駆け下り、タスクさんの傍にしゃがみ込みました。
「タスクさん! お返事してください!」
 血を吐いて、肘が不自然な方向へ曲がっています。やはり足を滑らせて落ちてしまったんですね。
「タスクさん、しっかりなさってください!」
 タスクさんの頬を叩いて意識を覚醒させようと手を伸ばしかけ、僕ははっと息を飲みました。
 タスクさんの右の頬にある炎の形の刺青。赤い色をしていたはずのそれは……真っ黒になっていました。そして動かないはずのそれは、ゆらゆらと炎がくすぶるように揺れていたんです。
「……あ……魔術……?」
 今までタスクさんのお怪我の事で意識が逸れていましたが、今、タスクさんの周辺には暗黒魔術を使われる時に放たれる、黒い魔力のようなものを感じます。
 魔術で……防護壁のようなものを作ったんでしょうか? でも暗黒魔術は死を司る魔術。そんな防御的なものは無かったと記憶しているのですが……。
「……ート……か……」
「タスクさん! お気付きになりましたか?」
 目は開きませんが、タスクさんが吐き出した血に濡れた唇で、微かに僕を呼びました。僕は耳をタスクさんの口元に寄せます。
「……封、じ……ろ……」
 封じる?
「魔神……俺の意、識……ある内に……」
 僕ははっとしてタスクさんの右頬の刺青をもう一度見ました。
 僕がミサオお師匠様から純白魔術を習っているのは、タスクさんを蝕む炎の魔神に対抗するためなんです。それができるのは僕しかいなくて、でも僕はまだ魔力の循環や供給を上手くコントロールできなくて……それに構築式を頭の中に描き出すのがすごく下手なんです。
「ぼ、僕できない……です……まだ練習でも、ちゃんとできなくて……」
「できる……コート……なら、できる」
 純白魔術は暗黒魔術と対を成す、生を司る魔術です。ですが魔法よりずっと難しい魔術であることに変わりは無く、失敗すれば想像できないような障害反射を食らってしまうんです。だからこそ、僕はミサオお師匠様やタスクさんに、何度もゆっくり慎重に、魔力の循環と供給を練習させられているんです。
「……タ、スクさん……僕……」
「封じ……がっ!」
 タスクさんが血の塊を吐き出しました。すると周囲に圧倒的な暗黒の力が充満します。むせ返るほどのどす黒い、気持ちの悪くなる魔の力です。
 僕は喉を押さえて蹲りました。
 このままタスクさんを放置すれば、タスクさんは怪我による失血死をしてしまいます。そしてたぶん……魔神に体を乗っ取られます。
 更に僕は、この圧倒的な黒い魔の力に飲まれてしまうかもしれません。
「……や、ります……タスクさん、僕が……助けます……」
 失敗は怖いです。でもこのままタスクさんを失ってしまうのは、もっと嫌です。
 僕はタスクさんの傍へ膝を付き、両手を自分の胸に沿えてゆっくり目を閉じました。
 力を、ください。僕に力を貸してください。ミサオお師匠様。そして……エイミィさん!
「……わ、我は求める。彼の者のあるべき姿。あるべき力。望まざるは偽りのまやかし……」
 必死に瞼の裏に、純白魔術の構成紋章を描き出します。失敗はできない、一発勝負です。この紋章、絶対に崩させません。
「白き力の源よ、我に力を。我にその手を。我の望む真実を。忌むべき力を……退けよ!」
 両手を突き出し、目を開きます。僕の両手の中に、完成された純白魔術の構成紋章と、聖刻が浮かび上がっていました。僕は小さく笑い、紋章をタスクさんに近付けます。
「……タスクさん、戻って……きてください」
 紋章がタスクさんの頬、炎の紋章に吸い込まれます。そして聖刻が光を増しました。周囲に禍々しく渦巻いていた黒き魔の力を、白き魔の力に塗り替えていきました。
 どうか……僕の祈りを、届けてください。

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