風薫る君 大好きな両親と家を失った幼い深咲を救ったのは、 銀の瞳を持つ美麗の双子の“きょうだい”だった。 妖が跋扈する緋ノ国に、疾風が舞う。迅雷が弾ける。 「……必ず、迎えに行ってあげるから」 |
二 御國さんが手配してくれたお船は、西の大陸へ渡る、定期運搬船だった。向こうとこっちの商人さんが、お互いの国の、特産品や物産のやりとりを定期的にしてるんだって。それに便乗させてもらうことになったの。 宙夜たちの空を駆けるお船とは、ちょっと違う乗り心地。海に浮かぶこっちのお船のほうがたくさん揺れて、胸の奥からなんだか酸っぱいような、むかむかするものが込み上がってくる。船酔いっていうのかな? だけど……そんなのは今、問題じゃないの。 「今度は髪を結ってみましょうか。ああ、でも深咲さんは短い髪型が愛らしいのですよね。でもわたしがいろいろ結ってみたいので、一度長く伸ばしてみてください。ふむ、そのためには櫛や鏡などの道具も揃えなければなりませんね。大陸でそういった道具が全て揃うような商店はあるのでしょうか? なければ作りますけれど。ああ、早く向こうへ着かないでしょうか。楽しみですね」 「眞昼ぅー……離してぇ……」 岸を離れてからずっと、ずーっとあたしは眞昼に纏わり付かれている。今までの沈着冷静、必要以上に他人に干渉しない、といった眞昼から想像できないくらいにこにこ……へらへら? してて、あたしの頭を撫でたり、ほっぺをつついたり、抱き付いてぎゅーってしたり……。とにかく一時も離してくれないの。 あたしが酔ってるの、もしかしてお船のせいじゃなくて、眞昼に振り回されてるからかもしれない。 「眞昼。いい加減にしないと深咲に嫌われるぞ」 呆れながら宙夜が助け舟を出してくれる。けど。 「うるさいですよ、宙夜。あなたはいいですよね。今までわたしの分まで、必要以上に深咲さんに、べったり接触できていたのですから。ですからわたしも、今後は一切遠慮しません。ね、深咲さん。構いませんよね? ああ、答えなくて結構です。深咲さんのご意見は聞いていませんし、聞くつもりもありません。わたしの好きにさせていただきますから」 宙夜を一刀両断に切り捨て、あたしの意思を無視して、そしてまたあたしにべたべた……。 「ううーっ、よくないのーっ! 眞昼、ちょっとだけ。ちょっとだけ離してよぉ。本当に気持ち悪くなってき……うぷ……」 あ、これ本当に戻しちゃう。あたしは口を押さえて必死に身動(みじろ)ぎする。 あたしの窮地に気付いた宙夜が、眞昼の手から強引にあたしを助け出してくれて、あたしは船縁にしがみついて、はぁはぁと息を吐き出しながら、真っ青な海を覗きこんだ。 青くて黒くて底の見えない、深い大きな池に、たくさんの水が流れてる海。その波間を掻き分けて、お船が進む。緋ノ国にたくさんの思い出を残して、まだ見たこともない知らない大陸に向かって。 もうすごく遠くになってしまって、米粒ほどの大きさにしか見えなくなった、あたしたちの住んでいた国を振り返る。 「寂しいか? 親父さん、残してきたし」 「うん……ちょっとだけ……」 嘘吐いても仕方ないから、あたしは素直に頷く。 「大丈夫ですよ。深咲さんには、わたしたちがいますから」 「安心しろよ。目に見える全ての奴らをってのは無理だけど、俺の手の届く範囲にいる妹たちくらいなら、俺が守ってやっから」 うふふ。ずっと一緒だよ。約束ね。 「うん。お願いね。宙夜と眞昼がいるから、あたしは寂しくないもん」 あたしの言葉に、二人が目を細めて笑う。振り返って、もう一度、海の向こうを見た。 お父さんと約束したもの。西の大陸でたくさんの物を見て、聞いて、そしていつか必ずまたあの国に帰るの。そしてお勉強して覚えたいろんなお話を、お父さんと一緒に、お母さんのお墓の前でするの。 今は宙夜と眞昼が、あたしの家族。お姉さんみたいなお兄ちゃんと、お兄さんみたいなお姉ちゃん。ちょっと変わってるけど、素敵な、素敵なあたしの新しい家族なの。 「ねぇ、宙夜、眞昼!」 あたしは両手でぎゅっと拳を作って、笑顔で声を張り上げる。 「二人が元に戻る方法、絶対見つけようね! 三人いたら、きっとなんとかなるから!」 「……ええ。見つけましょう」 「そうだな」 あたしのお兄ちゃんとお姉ちゃんは、海風に舞うあたしの髪を優しく撫でてくれた。手を伸ばせばすぐそこに、あたしを迎え入れててくれる、大好きな、優しい手があるの。 少し前までは、自分の知らない何もかもを、怖いって理由だけで見ないふりしてたあたし。だけど今は、知らないところへ行くという不安より、ワクワクする期待のほうが勝ってる。 だって、大好きなお兄ちゃんとお姉ちゃんと一緒なんだもん! 今もすごく楽しいし幸せだけど、あたしの未来、きっと、もっともっと幸せになるんだよ! あたしは自分と、宙夜と眞昼を信じる! |
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