風薫る君

大好きな両親と家を失った幼い深咲を救ったのは、
銀の瞳を持つ美麗の双子の“きょうだい”だった。
妖が跋扈する緋ノ国に、疾風が舞う。迅雷が弾ける。

「……必ず、迎えに行ってあげるから」


   雷切

     一

 夜遅くに、御國さんのお店に戻った。半日ぶりくらいなのに、すごく懐かしい気がする。
 宙夜と眞昼は、お店の奥にいるであろう御國さんに声を掛けながら入っていったけど、あたしはちょっと戸惑う。だって……宙夜や眞昼は許してくれたけど、御國さんの意見はまだ聞いてないんだもの。あたしはすごく身勝手でワガママ言ってたから、きっと温厚な御國さんだって呆れてたと思うの。
「深咲。濡れたまんまだと風邪ひくぞ。早く上がれよ」
 戸惑っているあたしに、宙夜が声を掛けてくれた。あたしは俯き加減のまま、そっと玄関のたたきに上がる。そしてあたしは今、ずぶ濡れで泥だらけだったことを思い出した。このままお店に上がったら、板間もお部屋も汚しちゃう……。
 躊躇って俯いていると、ふいにあたしの前に誰かが立った。
「深咲ちゃん、おかえり」
 御國さんがあたしを見て、いつもの柔らかい笑みを浮かべている。あたし、すごく勝手なことばっかり言ってたのに。見捨てられて当然って態度だったのに。
「……し、心配かけて、ごめんなさい」
 あたしは両手をぐっと胸元に押し付け、思いっ切り頭を下げた。御國さんが、そんなあたしの頭を撫でてくれる。
「うん。凄く心配した。もうあんな事、言っちゃ駄目だよ。みんなも悲しくなるし、自分だって傷付いただろう? 君はもう、僕らの大切な家族なんだから」
 泣き笑いの表情を浮かべたまま、御國さんを見上げる。
「宙夜たちは、ちゃんと深咲ちゃんの忘れ物を届けてくれたみたいだね。大事なものなんだよね? 忘れちゃ駄目じゃないか」
 御國さんがあたしの髪に差した櫛を、指先でつつく。櫛、お店に落としてたのね。全然気付かなかった。外で落としたものだとばかり思ってたから。
「うん。これから気をつける」
 御國さんがあたしの髪から櫛を抜き、袖で汚れを拭いてくれる。
「さ。お湯を用意してあるから、ゆっくりあったまっておいで。せっかく深咲ちゃんは可愛いのに、びしょ濡れで可愛さが台無しだよ」
「え、えへへ。お世辞、でも嬉しいな」
 御國さんの笑顔が、あたしの緊張を溶かしてくれた。そして御國さんは綺麗な洗いざらしの布であたしを包み込むようにして、湯場へと連れてってくれたの。

 お湯を使わせてもらって、その温かさで緊張が解れて、疲れが流れ落ちていく。冷え切った体もあたたまって、あたしはついそのまま、ウトウトしてしまった。

「……深咲……どこにいる?」
「み、くに……さんの……おみせ……」
 夢か幻か分からないけど、途切れ途切れに聞こえてきた質問に対して、素直に答える。ん……あったかい……ねむ、い……。

「……無事なのか? ……怪我はないか?」
「うん。みんな……優しいから」
「そうか……」

 あったかい、声。
 優しい、声。
 大好きな、声。
「……あたしは大丈夫、だよ。大丈夫だから……お父さん」

 すうっと体の力が抜け、あたしはちゃぷんと湯船に沈んだ。一瞬溺れかけて一気に目が覚めて、慌てて体を起こす。あぷぅ……ちょっとだけお湯飲んじゃった。
「……あれ?」
 あたし、今……夢見てた? 懐かしい夢? んーと……夢……だったのかな? でも聞こえたよね? ……お父さんの声。
 ふと顔を上げると、格子の嵌まった窓から三日月が見えた。

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