風薫る君

大好きな両親と家を失った幼い深咲を救ったのは、
銀の瞳を持つ美麗の双子の“きょうだい”だった。
妖が跋扈する緋ノ国に、疾風が舞う。迅雷が弾ける。

「……必ず、迎えに行ってあげるから」


     二

 翌日、新しいお仕事を引き受けたからって、朝からあたしも荷物運びを手伝っていた。
 宙夜と眞昼さんは、御國さんからお仕事の斡旋を受けて運び屋さんをしているんだって。主に商家の人からの荷物を、どこそこへ運んでほしいっていう依頼を御國さんが聞いて、宙夜と眞昼さんがそれを運ぶ役割なんだそう。あたしはその二人のお手伝いということになる。
 小さめの荷物を御國さんから受け取って、それをお店の外の荷車に積み込む。
 この荷車ってすごいなぁ。人が手で引っ張る大八車より沢山の荷物を乗せられて、そして繋がれたお馬さんが引っ張るの。そしたら人が運ぶより一度にいっぱい荷物が運べるから、何回も往復する手間が省けるの。誰が考えたんだろう?

 荷物を全部運び終えて、宙夜がお馬さんの手綱を引く。後ろには眞昼さんがいて、その少し後をあたしがついていく。
 眞昼さんはやっぱり、あたしに話し掛けてくる素振りはない。わざと無視されているみたい。
 ちょっと怖いけど……お仕事の話なら答えてもらえるかな? この人たちを頼らなくちゃならないんだから、少しでも打ち解けておきたいし。
「あ、あのぉ……眞昼さん。この荷物はどこに運ぶの?」
 眞昼さんはチラリとこっちを一瞥しただけで、固く引き結んだ口を開こうとしてくれない、それどころか、視線すら逸らされて、聞こえなかったフリをされたの。
 ううっ……やっぱり眞昼さんは怖いし、いじわるだよぉ……。
 両手で胸元をきゅっと押さえ、泣いちゃいそうになるのを必死に堪える。だって本当に泣いちゃったら、眞昼さんはもっとあたしを嫌いになっちゃうから。
 眞昼さんから離れて、少し駆け足で、荷車の前にいる宙夜のところへ行く。そして同じ質問をしてみた。
「ああ、これね。南にある紅ノ都(いろづきのみやこ)の商家へ届けるんだ。ちょっと遠いが、船ならすぐ着くさ」
 船……あの空に浮かぶお船のことだよね? 他の都の位置とか距離とか、行ったことも聞いたこともないから、あたしはついて行くしかないんだけど、どのくらいお船に乗っているのかも、聞いていいかなぁ? だってお船がグラグラ揺れるの、あたしちょっと苦手だもん。
「どうして、あのお船を御國さんのお店の傍に持ってこないの? お空に浮かんでるなら、お水がなくても動くんだよね?」
 お店の前の道はちょっと狭いけど、でもお店のすぐ近くにお船を横付けしたほうが、荷物を運び込むのも楽だと思うんだけどなぁ。
「ん? ああ、それな……ええー……ああ、ほら。あの船、ちょっと変わってるだろ? この陽ノ都もそう安全な町じゃないから、盗まれたりしたら、俺たちの仕事にもかなり影響出るから大変でさ。だから隠してあるんだよ」
 あんな大きなもの、盗まれちゃったりするんだ。
 あたしはお船なんてほしいとは思わないけど……泥棒さんは、そういう珍しいものを欲しがるのかな? 人がたくさんいる場所って、物騒で怖いことがいろいろあるのね。
「お前さっき、眞昼におんなじ事、聞いてなかったか?」
「う、うん……答えてもらえなかったの……」
 宙夜が首を後ろへ向けて、眞昼さんを見る。あたしも真似をして後ろを見てみると、眞昼さんはふいと顔を背けてしまった。
 まただわ。すごくイヤがられてる……。こんなので、本当にこれから仲良くしていけるのかなぁ?
「ったく、仕方ねぇな、あいつ……ついでだ。暇潰しに質問に答えてやっから、他に何かあるか?」
「ええと、それじゃあ……」
 いろいろ分からないことがあるけど、でも全部を質問してたら日が暮れちゃう。それにまだあたしには、理解できないこともたくさんあるだろうし。
「あの……お船、落っこちない?」
 宙夜は一瞬呆けたような表情になって、だけど突然吹き出した。
「なんだよ、それ! お前はそっちのが不安なのかよ?」
「だ、だってお空に浮かんじゃうとか、すごく怖いもん。お船から落っこちちゃったら、すごく痛いんでしょ?」
「痛いどころか、まぁ確実に死ぬだろうなぁ……って、はははっ!」
 宙夜はおかしそうにまだ笑ってる。
「普通なら“どうして飛ぶのか”とか、そっちの方を先に疑問に思わないか? ふぅん。深咲には、動力云々より落ちるかどうかの方が重要なんだ」
「それも聞きたいけど、聞いてもよく分かんないと思ったから……他にも不思議に思うこと、いっぱいいっぱいあるけど、でもどれから聞いていいのか、何を聞いたらいいのか、頭がグチャグチャになっちゃって……」
 宙夜はくしゃくしゃとあたしの頭をちょっと乱暴に撫でる。だけどその目は優しくて、なぜか胸のモヤモヤしたものがちょっとだけ晴れる。
 お山に帰って、お父さんやお母さんを待っていたいっていう気持ちは変わらない。だけど……この人たちともうちょっと一緒にいてもいいかなって、思い始めていた。だって宙夜も御國さんもいい人で、あたしは自分で感じてる以上に、この人たちに助けられてるんだと思ったから。
「親の庇護の下からいきなり一人で放り出されて、周りが一気にいろいろ変わっちまって、そりゃあ混乱するよな。深咲はよく頑張ってる。もっと頼ってくれていいんだぜ。俺も眞昼もまだ、深咲みたいなチビの相手をどうしてやりゃあいいか、手探りなところばっかだけどさ」
 ずっと誰にも会わずに、お父さんたちとお山で暮らしてきて、よく分かんない内に、なし崩し的に宙夜たちのお仕事を手伝うことになって……もう訳が分かんない。だけど、なんにもない今のあたしには、この人たちを頼るしかないの。イヤとか、そんなの言ってられないの。
 自分の胸の中で繰り返し、言い聞かせる。
「だけどさ。御國がそう決めたんだ。深咲は俺たちのところにいた方がいいって。だったら、俺たちもそれに従うだけだ。御國が言うなら間違いない。俺たちは御國を信じて、俺たちなりに模索しながらお前と付き合っていくさ」
「……御國さんをすごく信頼してるの?」
 宙夜は目を細めて頷いて見せてくれた。
「ああ。御國は俺たちを信じてくれてるし、誰よりも理解してくれてる。だから、俺たちは御國を信じる。何があっても」
 ……理解。
 御國さんも言っていた言葉。妄信的に、御國さんを信じると言う宙夜。
 人は信頼しあって、理解しあって生きていくんだという理屈は分かる、けど。だけど御國さんや宙夜が口にする“理解”って言葉には、言葉通りの意味と違う、もっと違う別の意味が含まれている気がするの。それがなにか、今は分からないけど……あたしにもそれができるって御國さんが言ってた。本当、なのかなぁ?
 まだ正直、ちょっと怖いし、なにもできなくて、どうすればいいのかも分かんないけど……でもあたしも、宙夜や御國さんを信じたい。一生懸命お仕事覚えて、助けてもらった恩返ししたいの。
 もし自分たち以外の誰かに親切にしてもらうようなことがあったら、ちゃんと感謝してお礼を言いなさいって、お父さんもお母さんも言ってたもの。たぶん、今がその時……。
「……あたしも、信じていいの?」
「もちろんさ」
 宙夜があたしの髪を撫でる。すると耳の横に差していた櫛がポロリと落っこちた。慌てて拾い、欠けてないかを確かめる。
「ああ、悪い。壊れてないか?」
「うん大丈夫。これ、あたしの宝物なの」
 今ここにいないお父さんお母さんと、あたしを繋ぐたったひとつのもの。お父さんたちはいつもあたしに、一人で里に降りちゃいけないって言ってた。でも小さいころ、一度だけ里の小さなお祭りに連れて行ってもらったの。
 桜祭り。あたしの育ったお山にはたくさんの桜の木があって、毎年すごくきれいに花を咲かせてたの。里の人たちは、桜にその年の豊作を願って、お祭りしてたんだって聞いたよ。
 そのお祭りに連れて行ってもらった時に買ってもらった、小さくて可愛くて、桜の花を簡素に模した彫り物の櫛。お父さんもお母さんもすごく気に入ってくれて、だからあたし、いつも髪に差してたの。
「お父さんとお母さんが買ってくれたの」
「そっか。大事にしないとな」
「うん」
 この櫛を大事に持ってたら、きっとお父さんは約束を守って、いつかあたしを迎えにきてくれる気がするの。だからこれからも大事にしなくちゃ。
 ふっとお父さんとお母さんの顔を思い出して、あたしの心がちょっと温かくなった。

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