黒渦-CLOSE-

仄暗い瓦斯燈に照らされた黒渦(CLOSE)な世界の物語

大正浪漫風混沌系サスペンス

町の商店街を抜けた先にある一軒のカフェー「時茶屋」
美麗の女主人と無口な少年、そしてはつらつとした女給の少女が今日も“特別なお客様”を出迎える

彼女らの仕事は客にカフェーの美味しい珈琲を提供する事
だがカフェーの仕事とは別に、黒く渦を巻く別の顔があった――


   3→2 嘲(あざけ)る


     一

 深夜。極力地味な衣服に身を包んだ美帆と姉弟は、間もなく消される瓦斯燈の下を急ぎ足で歩いている。
 淡々と歩を進める綾弥子と晶。そして陰鬱な表情の美帆。
 不思議な事に、綾弥子は昼間、あれほど不満を爆発させて執拗に美帆を責め、取り乱していたというのに、夜半に集まった時にはもう、昼間あった事など忘れた様子で、普段と変わらぬ妖艶な笑みを浮かべて美帆に接していた。むしろ気味が悪いほど、美帆に馴れ馴れしく接してきた。
 美帆は混乱して、とにかく詫びようとしたのだが、つい先程までの馴れ馴れしさなど一瞬で忘れたかのように、今夜は忙しいからさっさと出発しようと綾弥子に促され、追い出されるように茶館を出てきた。
 最近、綾弥子の感情の起伏はあまりに忙しない。感情の飛びが、乱れが激しく、ころころと態度が目まぐるしく変わる彼女の言動に柔軟に接する事ができず、美帆はただ、まごつくだけだった。そしていきなりの出発宣言だ。美帆は自分の感情をも掻き乱され、困惑し、陰鬱な表情をする事しかできなかった。

「まずは田殿の事務所ね。こっちは人数が多いけど、状況が分かってないから不意打ちしやすいわ。晶、頼んだわよ」
 彼女の言葉に小さく頷く晶。この二人も、昼間の言い争いで少々険悪になったはずだった。それでも、このいつもと変わらぬ阿吽の呼吸のやりとりに、何ら不穏な空気はない。
 おかしな空気がないからこそ、いよいよ綾弥子と晶という人間像が分からなくなった美帆だった。



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