砂の棺OverAge うつろう永久の物語

 カルザスは自らのこめかみを指先でトントンと叩きながら、深いため息を吐いた。
「おっしゃる通りなんですけれど……ああ、やっぱり気になります。帰り際に発覚した、追加納品忘れの件が」
 どこまでも生真面目なカルザスの言葉にレニーは吹き出しつつ、彼の肩をポンと叩いた。
「あれはギブソンさんのド忘れが招いた完全すっぽ抜けじゃん。カルザスさんのミスじゃねぇんだし、そこまで思い詰めるもんかねぇ?」
「ですがギブソンさんと二人で担当していた件なので……ううん……」
 二人で同一案件を担当していたからには、片方のミスはもう片方も責任を負うべきだ、というのがカルザスの持論である。
「あの件はギブソンさんが先方に頭下げるっつってたんだから、カルザスさんはほっときゃいいじゃん。首突っ込む方が返って迷惑だよ」
「はぁ。その通りなのですけれど……でも」
 責任感を通り越して、余計な心配事も背負い過ぎだな、と、レニーは思う。この生真面目さが彼らしいとは思うのだが、最近特に仕事に対する作業や責任の抱え込みが増えているような気がする。いや、増えていると断言できる。
 自身はかなり奔放ではあるが、それでも彼は自分と比較しても、あまりにあらゆる事案にのめり込み過ぎている。
 彼の立場からすれば、些細なミスも許されないのだと勘違いしているのだろうが、人間なのだから、ミスのない行動などできようはずもない。
 先程からため息ばかり吐いている〝兄〟を、どうやってなぐさめてやろうかと思案しつつ、何気なく通りかかったアイル邸の母屋を見上げた。
 すると二階の窓が勢いよく開く。あまりにタイミングが良すぎて、一瞬、ずっと見張られていたのかと勘繰ってしまうほどに。
「レーニー! オシゴトぉ、おわったー?」
 開いた二階の窓から、大きく手を振る子供の姿が見えた。榛色の髪と大きな目が特徴の、まだ幼い少年パルチェット。レニーが親身に世話しており、彼はホリィアンの〝弟〟だ。正しくは彼女の甥に当たるのだが、少々込み入った事情があり、アイル家に養子としてやってきた。
 レニーは彼に手を上げて返事をする。
「終わりだよ!」
 遠目にもはっきり分かるほど、パルが嬉しそうに表情を輝かせる。
 彼は養子縁組みしてくれたアイル家の者たちを差し置いて、居候であるレニーに非常に懐いており、レニーも彼を大層慈しんでいる。むろん、アイル家の者たちが嫌いという訳ではなく、レニーに対してだけは好意や懐くという段階を飛び越えた慣れ親しみっぷりなのである。
 レニーは誰に対しても粗雑な言動で接するので、子供などは返って彼を恐れるのではないかとカルザスは思っていたのだが、パルは予想に反して、レニーの姿が見えないと愚図りだすほどすっかり懐いてしまっているのだ。最近になって、ようやく多少聞き分けがよくなった程である。
 手すりがなければ落下してしまうのではないかと焦るほど、パルは窓から身を乗り出して、再び大きく手を振る。
「ちょっとまっててー! そっちいくー!」
 窓から彼の姿が見えなくなり、しばらく待っていると母屋の正面玄関が開く。そこからパルはレニー目掛けて全力で駆けてきた。
 いつも通り、勢いよくぎゅうっとレニーにしがみつく。
「ねぇねぇ! ホントにおわり? あしたもオシゴト?」
「明日は休み。だから今からでも遊んでやるよ」
「やったー!」
 心底嬉しそうにぴょんと跳び上がり、パルは歯を見せてにぃっと笑う。
 相変わらず感情表現がストレートだな、と思いながら、レニーは彼の前にしゃがみ込み、問いかける。
「でもお前、今日の分の勉強は?」
「おわった! おれエラい?」
 えへんと胸を張るパル。彼の仕草は相変わらず可愛らしく、微笑ましい。
 愛情に溢れ、信頼しあっている疑似親子の会話とスキンシップを、待ちぼうけしつつぼんやり眺めながらカルザスは微笑んだ。
 パルの宣言を聞き、満足げにこくりと頷いてから、レニーはパルの頭をくしゃりと撫でる。
「偉い偉い」
「だっておわってなかったら、レニーあそんでくんないじゃん?」
「当たり前だ。お前が今、一番やんなきゃなんないのは勉強だろ」
「ぶー。だからぁ、今日のはおわったのー!」
 ぷうと頬を膨らませるパル。レニーは、ははと笑って再び彼の頭を撫でた。
「パルさんは随分言葉が上達しましたねぇ」
 微笑ましい光景を見せつけられつつ、誰にともなくそう呟き、ふいに違和感を抱くカルザス。
 おや、と首を傾げ、そのまま今までのレニーとパルのやり取りを思い出す。
「分かってるって。だから遊んでやるって言ってんじゃん。ほら、この荷物置いてきたらすぐ戻ってくるから、もうちょっとだけいい子で待ってな」
「うん! じゃあねー、おれねー、いつもの部屋でまってるー! レニーはやくしろー」
 レニーを急かすように、パルは両手をぶんぶんと振り回す。相変わらず元気が有り余っているらしい。
 ようやくカルザスは先程抱いた〝違和感〟の正体に気付いた。
「はいはい。分かったから暴れんな。そういうことでカルザスさん。おれ、用事できたから……って、なに青くなってんのさ?」
 レニーが疑問符を顔に浮かべ、青褪めているカルザスを、小首を傾げつつ見つめる。紫玉の瞳に、狼狽しきった褐色の青年の姿が映っていた。
「いえ、あの……もしかしなくても、パルさんにレニーさんの口調というか語調がうつってませんか?」
「当たり前じゃん。おれ、こいつの親だし」
 レニーがさも当然といった様子で、パルの頭に手を置く。パルはつぶらな瞳で、きょとんとカルザスを見上げていた。
「た、大変です……! パルさんの言葉遣いを早急に修正しなければ……」