砂の棺Before すぎ去りし過去の物語

   誘疑《イザナギ》 カルザス&シーアの物語

 砂漠の国ウラウローの辺境にその町はあった。その名も無き町に滞在するのは、傭兵にしては気性の穏やかなカルザスと、その相棒であり雇い主である詩人のシーア。
シーアは、褐色肌の人種が多く住まうこのウラウローでは、非常に珍しい白い肌と銀の髪を持つ美麗の佳人であった。いや、ただの佳人ではなく……。
 ある目的のために旅する奇妙な二人組だが、見た目も性格も正反対ではあるものの、互いの相性は悪くはない。少々込み入ったある一件があってから、友情を超えた信頼関係で結ばれており、双方、何事も気兼ねなく言い合える仲だった。

 カルザスは町での滞在費を稼ぐため、傭兵仕事の斡旋所へ向かった。宿で留守を預かるのはシーアだ。シーアは詩人であるため、夜の酒場で歌うことが仕事であり、昼の間はひっそりと宿で過ごしていることが多い。カルザスが普段、あまり目立った行動をしないよう、強く言い聞かせているためでもあった。見目が目立つ分、まるで光に群がる虫の如くやってくる厄介事に、望む望まざるを関係なく、首を突っ込む事案がやたらと多いからだ。いわゆる血の気が多いという性分だ。一見、儚げで慎ましやかな見た目とはそぐわぬ気性の持ち主である。
 自身の商売道具である小振りのハープを調律しながら、カルザスの帰りを待っていたところ、彼は少々浮かない顔をして帰ってきた。その様子を見て、シーアは小首を傾げる。
「なんだか神妙な顔つきね。変なお仕事でも紹介されちゃったの?」
 銀色の天使の如き美麗な詩人は、この地でよく見かける褐色の肌の青年に問いかけた。
「ええ、まぁ。妙な依頼といいますか……斡旋所の紹介ではなく、その建屋の前で戸惑っていらした女性から、直接お話を伺ってきたんですが……」
 カルザスの言葉に、シーアはため息混じりに口を開く。
「また? どうしてカルザスさんって、そういう利益にならないお仕事ばかり短絡的に引き受けちゃうの? そこから面倒事になるのは、毎度のことでしょう? 学習できない?」
 遠慮のない言葉をぶつけると、カルザスは苦笑しつつ、両手を広げて降参といったように、眉尻を下げて見せる。シーアは目を細め、仏頂面になっていた。
 本当に懲りているのかいないのか、まるで理解できないどっち付かずの優柔不断な態度だ、と思った。そういう中立的な態度こそ、彼らしいのではあるが。
「少々きな臭くはあったのですけれど、本当に困っていらしたのは事実だったと言いますか……」
 彼は昔から不思議と、時折ずば抜けた勘の鋭さを発揮する。何気ない事象に対して「何かある」と、直感的に察するらしい。今回もおそらくそういった直感が働き、女性の依頼を引き受けたのだろう。
「それで? その胡散臭いお仕事はどんな内容なの?」
 長い髪を掻き上げつつ、シーアが問いかけてくる。結局、シーアも少なからず興味があるのだ。カルザスの受けてきたという〝依頼〟に。厄介事に首を突っ込みたがる性分は、やはり似た者同士ということか。
「はい。どうやら僕たちがこの町に訪れる少し前から、夜な夜な切り裂き魔と呼ばれる者が出没するようになったらしいんです。それも裕福な女性ばかりを狙った」
「あ、嫌な予感がする」
 すかさずカルザスの言葉尻を捉え、シーアが苦虫を噛み潰したような表情になる。
「それで、その……今回の依頼、できればシーアさんにお手伝いいただけると、とてもありがたいな、と……」
「やっぱり! イ・ヤ・よ! 私に傭兵の真似事をしろっていうの? あなた私の護衛じゃなかった? 私はあなたを雇ってるのよ? 依頼人を危険に晒していいとでも? あなたは私を守るって言ったわよね? あれはその場の勢いに任せた出まかせだったとでも言うの?」
 シーアは露骨な嫌悪感を露わにし、自身の護衛であるカルザスに矢継ぎ早に噛み付く。カルザスはシーアを宥めるように、両手をひらひらと広げて顔の前に翳す。やはりこの期に及んでも、あやふやな態度だ。
「落ち着いてください。件(くだん)の人物は女性ばかりを狙うと言ったじゃないですか。男である僕がいくら探し回っても、おそらく犯人は見つけられません。ですからぜひともあなたに囮になっていただければと。危険なのは重々承知していますが、シーアさんの腕を見込んで、どうかお願いできませんか?」
 カルザスは両手を合わせ、申し訳なさそうな表情を浮かべる。渋い顔をしていたシーアは小さく首を振って両手を広げた。はぁ、と、わざとらしいため息を吐きつつ。
「降参。私があなたの〝お願い〟に弱いことを知ってて言ってるでしょ? 本当に性質(たち)が悪いわ、あなたって」
「決してそういう訳では。でもシーアさんだからお願いしたんです。だってシーアさんはお強いじゃないですか。もちろん僕も離れた場所からしっかり見張ってますから。だからなんとか、ご協力いただけませんか?」
「んもうっ! 私だって、精神面はそんなに強くないんだからね! 仕方ないわね、今回だけよ!」
 シーアはぷうと頬を膨らませ、顔を背けた。
「ありがとうございます! 本当に助かります。シーアさんのそういうところ、本当に素敵だと思いますよ」
「お世辞言ったって、今回だけだからね! ……っとにもう!」
 シーアは僅かに頬を染め、渋々承諾する。協力を得られ、カルザスは満足そうに、にこりと柔和な笑みを浮かべた。