鋼腕快男児 |
「竹衛門さぁん、消火器ですぅ」 「おお、ご苦労じゃったな。ついでにそこの換気扇を回しておいてくれんか。フルパワーじゃぞ」 「ちょっとおじいちゃん!」 小梅が怒鳴り込むと、小梅の祖父、竹衛門が例のストーカー男から消火器を受け取っていた。自称オイルに塗れたた作務衣はダンディズムの証だそうだ。 「なんじゃ、小梅。騒々しい」 「なんじゃじゃないわよ! 誰よ、この人!」 小梅がビシィッと彼を指差すと、竹衛門は不思議そうに首を傾げ、顎髭を撫でながら答える。 「松千代じゃよ?」 「名前を聞いてんじゃなくて、なんでストーカーがウチにいるのよっ!」 頭を掻きむしりながら小梅が絶叫する。その様子を不思議そうに見つめていた彼は、あっと声をあげて竹衛門の背後に隠れる。 「大変ですぅ! 竹衛門さぁん。この人、僕にいじわるする人なんですぅ! さっきもおつかいの帰りに、僕、何にもしてないのにいきなりデコピンしたんですよぉ」 ようやく思い出したらしい。 幼児のようにぷっと頬を膨らませ、竹衛門の背後から拗ねるような怯えるような、小動物の如き目で小梅を見つめている。 「小梅、松千代をいじめるでない。弱い者イジメなんぞみっともないぞ。全く最近の若い者は……」 「キィーッ! 論点すり替えないでよーっ!」 バンッと作業台に拳を叩きつけ、小梅が絶叫する。 「松千代、消火器を抑えておいてくれんか。この底面の正確な丸型が欲しかったんじゃ」 「ちょっと、おじいちゃん! 無視しないでちゃんと説明してよ、こいつの事!」 「何ですか、小梅。女の子が大きな声で怒鳴り散らして」 小梅をたしなめたのはエプロン姿の女性。小梅の母親、菊香である。 「お母さん、おじいちゃんがあたしの話を聞かないばかりか、変なストーカーを家に連れ込んでのよ! あたし、学校帰りに襲われたんだからね! 警察に通報してよ!」 「小梅にストーカー? 随分物好きもいたのねぇ……うふふっ。小梅には一生縁のないものだと思ってたのに」 「お母さん……そこはかとなく自分の娘を侮辱してるって気付いてる?」 ぼたぼたと滝のような涙を滴らせる小梅。菊香は口許に手を当てたまま、いつまでもくすくすと笑っていた。 「お義父さん、そちらの方は?」 「菊香さんや。今朝、言ったじゃろう。わしの助手の松千代じゃ」 竹衛門はポンと彼、松千代の肩を叩く。松千代ははにかむようににこりと微笑んだ。 「あら、ようやく改造が終わったんですね。おめでとう、お義父さん」 「おお、菊香さんや、ありがとう。小梅も松千代と仲良くするんじゃよ」 小梅は両腕を振りながら、目一杯空気を吸い込んだ。 「だーかーらーっ! 誰なのよ、そのストーカーは!」 「じゃから、何度も説明しとるじゃろう。ストーカーではなく、わしの助手の松千代じゃ」 「名前聞いてるんじゃないってばっ!」 些細な疑問が全く解決の糸口を見せないという、小さな絶望を噛み締めながら、小梅は脱力して膝をつき、肺の中の空気を思い切り吐き出す。 この祖父には言葉が通じないのか? 一体何年、一つ屋根の下に一緒に暮らしてきたというのだ。 「小梅、あんたも知ってるでしょ。ほら、何日か前、お義父さん、ゴミ集積場所から拾ってきたおもちゃのお猿さんを改造していたじゃない。助手にするんだって。松ちゃんはあのお猿さんよ」 「は? 猿? おもちゃ?」 竹衛門が数日前、ゴミ集積場で拾ってきた壊れたおもちゃに何か細工をしていたのは知っている。背中のスイッチを入れると、賑やかにシンバルを鳴らす幼児向けの猿のヌイグルミだったはずだ。だが目の前にいるのは見た目どころか容積も体積も明らかに巨大化し、小梅とさほど変わらない大きさの人間(?)だ。 「どこをどー改造すると掌サイズのおもちゃが等身大の男の子になるっていうのよ?」 「チッチッチッ……それはいくらわしの孫でも教えられん。企業秘密じゃ」 油染みのある軍手をはめた人差し指を立て、竹衛門はニヒルに首を振る。ハードボイルドなBGMでも聞こえてきそうだ。 菊香は松千代をしげしげと眺め、腰に手を当てる。 「それで、松ちゃんは何を食べるの? それともエコに気遣って充電式かしら?」 「えっとぉ、僕の好物は乾電池ですぅ。単三電池のあのパチパチした刺激が大好きですぅ」 「あら、そうなの。思っていたより安上がりね。あまり電気代がかさむようなら、外の電線から直接ケーブル引っ張って、電気会社にはシラを切るつもりだったけど、その心配はなさそうね」 「お、お母さん……」 菊香が満足そうに頷く。小梅には、笑顔で裏帳簿の算盤を弾く菊香の幻が見えていた。 「それじゃお義父さん。もうすぐ夕飯ですから、後片付けと火の始末はしっかりなさってくださいね」 「わかっとるわかっとる」 菊香が小梅の頭からヘルメットを取り、それを小脇に抱えて階段を登ってゆく。取り残された小梅は階段と竹衛門、そして松千代を見比べ、机に両手を付く。 「おじいちゃん、もしかして、松千代がおじいちゃんの言ってたアンドロイドってやつなの?」 「いや、松千代はわしの助手であって、わしが設計すべきアンドロイドではないぞ」 「でもおもちゃを、こんなに人間っぽいリアルなロボットに改造できるんだから……」 先ほどまでの不審なものを見る態度はどこへやら。小梅は興味津々といった様子で松千代を眺める。松千代といえば、萎縮するように小梅の視線に怯えている。 「馬鹿モン。松千代の人工脳はまだろくなデータを入力しとらんから、通常会話ができる程度じゃ。小学生の足し算もろくにできんのじゃぞ。わしの設計する秘密工作アンドロイドはそれはそれは素晴らしいもので、これは国家機密を遂行するために、わしが全人生をかけた……」 「あー、はいはい。それ始まると長いんだから」 小梅はぽんと手を打ち、松千代に手を差し出す。 「あたしは小梅。さっきのストーカー行為は水に流してあげるから、仲良くしましょ。握手握手」 松千代は竹衛門の背後に隠れたまま、指をくわえて問い掛けてくる。 「あのぉ。もういじわるしませんかぁ? デコピンとか腕ゾウキンとかアルゼンチンバックブリーカーとか」 「あのね! あれはあんたが勝手にあたしの指目掛けて突っ込んできたんでしょ! っていうか、算数もできないのに、なんでそんな変な事知ってるのよ!」 バシッとテーブルを叩くと、松千代は両手で頭を抱えて竹衛門の背後に蹲った。 「うわーん、竹衛門さぁん。小梅さんがいじめますぅ」 「こりゃ、小梅。わしの助手をいじめるでない」 「さっきのも今回のも、あたしの行動のどこがあんたをいじめてるって言うのよっ!」 小梅の絶叫が狭い地下室に響き渡った。 |