CROSS in the Night

 駅の南口の外、待ち合わせ広場は、他にも多くの待ち合わせで人が溢れているだろうからと、双葉は待ち合わせ場所にあえて、人通りの少ない北口の改札付近を指定した。北口は大学方面の電車からも逆方向になるので不便ではあったが、顔を知らない相手と待ち合わせるには、人が少ない方が何かと都合がいいだろうと思ったのだ。
 顔を知らないと言えど、相手は外国人である。それなりに目立つ姿形だろうと踏んでいたので、写真などは用意してきていない。今朝、突然のことだったので、間に合わなかったという理由もあるが。
 約束の時間ちょうどになって、双葉は北口改札にやってきた。電車は五分ほど前に到着しているはずなので、待ち合わせの彼が無事にそれに乗車していれば、もうとっくにここで待っているはずである。

「外国人の男の子っていうくらいだから、高校生でもきっと背の高い子だよねぇ?」
 双葉はキョロキョロと周囲を見渡すが、思い描いたような背の高い外国人はいない。だが、小中学生くらいの見た目の、可愛らしい銀髪の少年がふと目についた。
 彼は大きめのトラベルバッグを肩に下げ、ぼんやりと券売機上の路線図を眺めている。
「まさか……外国人なのに背が小さい、とか?」
 外国人=背が高いとは、双葉の偏見である。それは自分でも理解していて、双葉は改めて、今朝、両親からもらった留学生の特徴を書いたメモ用紙を取り出した。
「日本では高校一年生に当たる歳で、それから……銀髪で中肉中背?」
 中背というには、背が低い。同年代の日本の高校生と比較しても、小さい。そして服の上からでも分かるほど、痩せぎすな体格。どうみても中肉とは言えない。
「ううん……人違いかな? ……でも他に外国人の子なんていないし……」
 双葉が戸惑っていると、路線図を眺めていた彼がふと振り返った。刹那、双葉の背筋が凍りつく。

『や、だ……なに? この感覚……わたし、あの子に何かした?』

 ジロジロと見ていたことを、彼が怒ったのかもしれない。そう思った双葉は慌てて詫びようと口を開いた。しかし、声を発したのは彼が先だった。
「君がイイヅカフタハ?」
 突然名を呼ばれ、双葉は息を詰まらせる。
 長めの銀髪の奥にある、濁った紅い瞳がじっと双葉を見つめている。驚くほどに整った顔立ちだが、双葉にはどこか恐怖にも似た感情を抱かせていた。嫌悪とは違う、何か分からない、言い表せぬ“嫌な”感覚。
 決して彼が嫌という訳ではない。彼を見たことによって、双葉の心の奥底で、何かがざわついているのだ。

「……君がイイヅカフタハなの? 僕の言葉、理解できてる? 日本語、間違ってる?」
「あっ! え、ええ! そうです!」
 呆れたようにもう一度繰り返された言葉に反応し、双葉は慌ててペコリと頭を下げた。
「わたしが飯塚双葉です。あなたを迎えに来たの。コイル・T・キープ……くん?」
「遅かったね。待ちくたびれちゃった」
 今朝、幸彦からは聞いていたが、驚くほど滑らかで流暢な日本語だった。
 双葉は再び彼を──コイルを見つめる。聞いていた特徴とはあまりに違う、幼い容姿。だが先ほどまで感じていた“嫌な感覚”は消え失せていた。

 コイルはふっと一度ため息を吐き、だが次の瞬間には愛くるしい笑顔になっていた。
「これからよろしく! お姉ちゃん!」
『か、可愛いー!』
 双葉は思わず頬を染める。それほどまでに愛くるしい笑顔を向けられたのだ。これが可愛がらずにいられようか、といったところである。
「ええ、よろしく。コイルくん」
 握手をしようと手を差し出すと、コイルは薄手の手袋に包まれた手を背にやって首を振った。握手の拒否か。
「いいじゃん、これから一緒に暮らすんだしさ。あ、お姉ちゃんのことはフタハでいい? そんなに歳も変わんないでしょ」
「は?」
 聞いていた話だと、彼とは四歳もの年齢差がある。それにコイルは小中学生にしか見えない幼い容姿だ。そしてまだ初対面ではないか。なぜ彼の身勝手な、そんな生意気な意見を聞き入れなければならないのか。
 先ほどまでの可愛らしいといった愛しさとは逆の感情がせり上がってきて、双葉はムッと眉を寄せ、腰に手を当てた。
「あのね! 学年が違うでしょうが、学年が! そんな生意気なこと言ってないで、せめてさん付けするか、最初の通りお姉ちゃんって言いなさい! わたしの方が四歳も年上のお姉さんなんだからね!」
 噛みつくような勢いで言うと、コイルは驚いたように一歩後退した。そして──
「はぁい、お姉ちゃん。ごめんなさーい」
 悪戯が見つかった子供のようにペロリと舌を出し、コイルは素直に詫びた。あまりに年齢不相応な可愛らしい反応だったが、彼の容姿にはよく似合っていた。似合っていたからこそ、双葉の怒気が一瞬で削がれてしまう。
『う……やっぱりなんか、反応が実年齢より幼くて見えて可愛い……』
 こういった可愛らしい反応は嫌いではなかった。基本的に彼女は愛らしいもの好きである。ハムスターやリスなどの小動物を中心に。彼は小動物ではないが。
「ゆ、許してあげる。じゃあ案内するわ。我が家にね」
「うん。よろしく」
 コイルは笑顔を双葉に向け、双葉は内心ドギマギしつつも、これから一緒に住む我が家へと向かうのだった。