善人の毎日

誰からも愛される善人アシム。
だが彼には誰にも言えない秘密があった。


 ある国に善人で知られる若者がいた。
 老人の介助をしたり、道で困っている人を助けたり、とにかく誰もが彼を善人だと呼んだ。
 今日も彼は立ち往生してた荷馬車を押すのを手伝っている。
「えいっ! よし、ぬかるみを出ましたね!」
「助かったよ、アシム。お前さんにはいつも世話になるね」
「いえいえ、僕が好きでやってる事ですから」
 アシムは爽やかな笑顔を浮かべて荷馬車を見送った。彼はいつまでも手を振っていたが、ふと、表情が固まる。
「善行ばかりしていても、僕の暮らしは全然裕福にならないんだけどね」
 空きっ腹を抱え、アシムは家に帰った。

 翌日、畑泥棒に困っている農家の所に、アシムが通りかかった。
「どうしました?」
「今日、収穫しようと思ってた野菜がごっそり持っていかれてな」
「それは大変ですね。犯人の目星はついてるんですか?」
「いや、全く。慣れた奴のしわざだろうよ」
 農家は荒らされた部分の収穫を諦め、残った野菜を収穫していく。
「気を落とさないでくださいね」
「ありがとうな、アシム」
 アシムは農家を去り、そして村の中心へとやってきた。そこでは祭りの準備をしている男たちの姿がある。
「お祭りの準備ですか? 良ければ手伝いましょうか?」
「アシムか。いや、櫓組みはもう終わりだからな。解体の時に手伝ってもらおうかな」
「いいですよ。声をかけてください」
 アシムは櫓の廻りにある露店をぐるりと廻り、家へと帰った。

 家に辿り着いたアシムは、玄関に鍵をかける。そして羽織っていたコートをテーブルの上に広げた。そのコートの裏側にはポケットがたくさん付いていて、全てに何かが入っている。
 それは食べ物だったり、物だったり。
 彼は村を廻り、露店から物を盗んでいたのだ。昨夜は農家の野菜を盗んだ。盗んだもので、彼はなんとか毎日の生活を送っていたのだ。
「こうでもしないと生きていけないんだ……」
 表の顔と裏の顔、複雑に絡み合った二つの顔を持つアシムは、苦しげに吐き出した。
「まだ誰にもバレていない。もう少しこの村で過ごせる……」
 彼の善行は、後ろ暗さを隠すためのカムフラージュだった。だからこそ、村人たちは彼の悪行に気づいていない。
 彼も盗みは悪い事だと理解はしている。だが仕事もなく、毎日を生活していくにはこれしかなかったのだ。

 彼の悪行に気付く誰かが現れるまで、彼は盗みを続ける。

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