天使と死神

僕は天使とお話しする。
毎日、毎日……。


 大人になったら、子供の時に見えていたものが見えなくなるというけれど、僕はそうでもない。すっかり歳をとっちゃった僕だけど、僕の傍にはいつも遊びにきてくれる天使の女の子がいるんだ。
 天使というと、裸の男の子の姿が一般的に描かれるものだけど、僕が見える天使はちゃんと服を着た女の子だ。

 今日も彼女はやってきた。
「ねぇ、君。今日も地上のいろんなお話を聞かせて?」
 彼女は天真爛漫で、僕から地上の話を聞くことを毎日楽しみにやってくる。
「そうだね。今日は何を話そうか」
 僕は毎日、いろんな話を彼女にする。彼女は時々相槌を打ちながら聞いている。楽しい時間。有意義な時間。
 僕は一生懸命喋った。知っている事を沢山、たくさん話した。
「今日はこれくらいにしようか」
「うん。じゃあまた明日も来るね」
 彼女はそう言って窓から身を躍らせ、天上へと羽ばたいて行った。
 彼女がいなくなると、途端に室内が寂しくなる。僕以外、誰もいないからだ。
 僕は……ずっと入院してるんだ。体を長く動かす事ができないんだ。心臓の病気で。

 そんな僕の元へ、ある日彼女は突然やってきた。そして天使だと名乗った。
 昔の僕は天使を死神と同一視していて、天国へ連れていかれると思ったのは、今では笑い話だ。今は彼女との時間がとても楽しい。
 明日は何を話そうか。明後日は、その次は。
 彼女がいるから毎日を生きられる。そんな気さえしていた。

 彼女と出会ってどれくらい経っただろうか。僕はすっかりおじさんになってしまって、彼女は変わらず子供の姿のままだった。相変わらず僕は入院生活だったけど、彼女がいるから頑張れた。

 ある日、知らない女性がやってきた。僕が首を傾げていると、彼女はクスクス笑って僕のベッドに腰掛けた。
「私、天使よ?」
 官能的な美女はそう言った。僕は驚いた。
「天使も成長するのかい?」
「あら。私が大人に見えるの?」
「見えるとも」
「そう」
 美女になった天使は少し寂しそうに言葉を切った。僕が疑問符を顔を浮かべていると、天使は小さく頭を振った。
「私が大人に見えるという事は、あなたとの時間ももう終わりって事なの」
「なんだって? 急にどうして」
「あなたは天使と死神を一緒だと思ってたでしょう? それに間違いはないの」
 意味が分からない。
 天使は立ち上がり、僕の顔の前に手を翳して、僕の目を強制的に閉じさせた。
「私が大人に見えるという事は、私とあなたとの時間はもう終わりという意味なの。あなたの寿命はもうない。だからあなたの理想の姿に私が見えているという事なのよ」
 僕の寿命だって? 今日、僕はすこぶる調子がいい。なのに急に寿命だなんて言われたって……。
「お別れね。さようなら」
「待って! 急な事だから意味が理解できない。僕の魂を持って行こうっていうのかい、天使は?」
「そうね。大人の姿の私はそれが仕事だから」
「待って! 待ってくれよ! 僕はまだ死にたくない。死にたくないんだよ!」
「仕方がないわ。これがあなたの寿命だもの。沢山の話、面白かったわ。じゃあね」
 僕の意識が突然混濁していった。何も見えない、何も考えられない、何も感じない。
 ああ、天使。僕の天使は死神になった。
 まだまだ生きたかったけど、ずっと入院生活で両親を苦しめていたのは事実、後悔していた。これで良かったのかもしれない。最後を看取ってくれたのが、あの天使で良かったのかもしれない。
 僕は最後に天使のぬくもりを感じて、呼吸を止めた。

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