賃貸魔王城 茨と毒の沼地に囲まれた、漆黒の魔王城──そこに魔王はいなかった……! 一話完結型の、短編連作。 ブラックユーモア溢れるハイテンションギャグファンタジー開幕! 「すみません大家さん! 今月の家賃あと一週間待ってください!」 「パンと魔王様? パンを選ぶに決まっているじゃありませんか」 「魔王自ら勇者を接待してどうするよ!? アアッ!?」 |
禍々しき漆黒の城壁に守られた城、魔王城には、グレゴリーという冴えない男が一人、住んでいる。 ──賃貸で。 幾度も繰り返された洗濯により、洗いざらしになってしまったよれよれのえんじ色のジャージに、足元は健康サンダル、髪はボサボサで艶もなく、ダイナミックでアクロバティックな寝癖をだらしなくさらけ出したまま。顔立ちははっきり言ってモブ顔。これといった特徴のない平坦な顔立ち。つまり全てにおいて特筆すべきところがない地味な男。 だがこのグレゴリー。見た目は残念極まりなくとも、魔族と魔物の頂点に鎮座する魔王の中の魔王、大魔王グレゴリー・サタニノス七世なのだ。 つまり──魔界で一番偉いヒト。 だが彼には一目で魔族と分かる角や羽根もなく、更に言えば大魔王らしいオーラもない。冴えない、とてつもなく地味で目立たない人間、むしろ村人A程度の紹介がお似合いと称せる容姿だった。むろんセリフはテンプレートの「ここは〇〇村だよ!」が妥当か。 ちなみに彼の職業は売れない作家。デビュー作は “恋するオーガの|殺・死・愛・夢《コロシアム》” といい、なぜか人間・魔族、老若男女問わず大ヒットした。しかしその後の作品は鳴かず飛ばずに加え、書店からの返本の嵐、電話と葉書とメールとネット掲示板での罵詈雑言に殺害予告、プレゼントに見せかけた呪われた武器が送られてきた回数は、両手両足を使っても全く足りない。いわゆる大炎上だった。ゆえに出版社と編集者からは、泣きながら「もう新作を書くな、頼むから今すぐ筆を叩き追ってくれ。この世から消えてくれ」と嘆願されている。 ──が、本人は全く聞く耳もたずへこたれず、まだまだ次回作を執筆する気満々である。 「ケルベロス君。今日の晩ご飯は新鮮なゾンビ肉の雑炊だよー」 グレゴリーは熱々の土鍋を年期の入ったちゃぶ台に置き、自分の向かい側にちょこんと座っている白いハムスターに語りかける。 このハムスター。一見、ただの小さく愛くるしいハムスターだが、実は獰猛で狂暴な魔界の魔獣であり、由緒正しき血統書付きの魔ハムスターなのだ。ちなみに主食は肉。しかも血が滴るほど新鮮で、グラム売り金貨数枚もする超高級な肉しか食べないスーパーグルメだった。 一般的な肉が、グラム売り銅貨十枚程度なのだから、その味覚の高さは相当なものだ。 「あれあれ? でもゾンビってモソモソ動くけど腐った死体だよね? じゃあ“新鮮なゾンビ肉”ってなんか言葉が矛盾してない? わ! もしかしてぼく肉屋のおじさんに騙されたッ!? うわー、ショックだぁ」 グレゴリーはバタバタと身もだえして、全身で悔しさを表現する。だがすぐに真顔に戻って土鍋の蓋をカパッと開けた。 「まぁ、美味しかったらいいや。お肉って腐りかけが美味しいって言うし」 ※ ゾンビは腐りかけではなく腐っています。 ※ 良い子は真似して食べてはいけません。ゾンビ菌に感染してゾンビになります。 「じゃあ、イタダキマース」 グレゴリーはれんげで熱々の雑炊を頬張った。 ちゃぶ台の向かい側では、魔ハムスターのケルベロス君が、血も滴るような百グラム金貨二枚の新鮮な牛肉に食らい付いている。その鋭い齧歯は、骨付きカルビを骨ごと容易く噛み砕く。 ケルベロス君の齧歯に噛み切れない肉など、この世に存在しないのだ。 齧歯最強! お肉大好き! 本作の愛らしいマスコット・ケルベロス君! 「うーん! トロトロの半熟溶き卵がお肉に絡まって美味しいぃ」 「“美味しいぃ”じゃねぇよ、このモブ顔が!」 スパーンと、グレゴリーの頭が小気味よい音を発ててハリセンではたかれた。グレゴリーは思わず雑炊を吹き出す。 ジッ! ジィーッ! ジィーッ! 飛んできた熱々雑炊を、素早く跳んでかわしたケルベロス君が抗議の威嚇。 「ああっ! ケルベロス君ごめんね! わざとじゃないんだ! 雑炊かかってない? ヤケドしてない? 毛並み乱れてない?」 グレゴリーは慌てて愛するペットを撫で擦る。 「ネズミに何、デレデレしてやがんだ、このクソ大魔王が!」 「ちょっとぉ! ケルベロス君に対してネズミなんて蔑むのは酷いなぁ! ケルベロス君は由緒正しき魔界血統書付きの魔ハムスターだよ!」 「魔ハムだろうがリアルハムだろうが、所詮ネズミはネズミじゃねぇか! そいつだってテメェがうっかりネズミ算式に増えるの忘れて繁殖させて、知人やら臣下に配りまくって余ったヤツだろ!」 背後の人物は再びグレゴリーの頭をハリセンではたき倒した。 「痛いなぁ! やめてよ、田中武志君!」 「その名前で呼ぶなあぁぁぁッ!! しかもフルネームゥゥゥッッッ!!」 ハリセンを床に叩き付け、田中武志は巨大な角を避けて頭を掻き毟った。 ◇◆◇ 「それにしても久しぶりだねぇ、田中君」 「だからその名前で呼ぶなっつーの! 俺、魔王なんだから!」 ちゃぶ台に胡坐をかいて向い合わせに座り、大魔王グレゴリーと、魔王田中は、ゾンビ肉の雑炊を仲良く分け合って啜っている。結局食うのかよ。 「田中君、南国の新しい魔王城は慣れた?」 「だからその名前を……だーっ! もういい! 勝手に呼べ!」 田中はとんすいによそった雑炊を一気に掻き込んだ。そしてお約束通り、熱さで噎せる。 「それで南国の魔王城の住み心地はどうなの?」 「おう、それ! 南国はいいぜぇ。若い娘が布面積の少ない服でキャッキャウフフとビーチで……」 田中の鼻の穴がムフフと広がる。 「肌を焼かずに、クサヤを焼いてるんだぜ! 七輪で! あの臭い、たまんねぇよなぁ! エロカワ萌えるぜぇ!」 田中はドヤ顔で鼻息荒く胸を張った。 「わあ! それいいなぁ! ぼくも見たいなぁ!」 「いいだろう? いいだろう? 今度特別に招待するぜ、大魔王さんよ!」 ベショッ、ベショッと、二人の頭に何やら柔らかいものがヒットした。 「グレゴリー様、魔王様、そこは萌えるところではございません」 コツコツとピンヒールを鳴らしながら、際どいボンテージ姿の女性が現れた。立派な悪魔の羽根と尾を生やし、ブロンドの長い巻き毛を揺らしつつ、彼女はグレゴリーと田中の頭の上にあるもの──ジャムパンを回収する。 「やぁ、ドロシーちゃん。今日も剛速球で命中率すごいね。洩れたジャムが血みたいに見えるよ」 「お褒めいただき、光栄ですわ」 ドロシーと呼ばれた彼女は、回収したジャムパンを几帳面に胸元へと収納する。あっという間に豊満なバストの完成だ。 そう、彼女の豊かなバストは胸パット代わりのパンを詰めてこそ、成立する。 「お隣、よろしいですか?」 「どうぞどうぞ。ドロシーちゃんみたいな綺麗どころがいると、雑炊も更に美味しくなるねぇ」 「ケッ! 出るところは引っ込む、引っ込むところは一直線の、色気もクソもねぇサキュバスのドコが綺麗どころだよ」 ドロシーの眉がピクッと攣り上がる。 彼女は悩殺的なボンテージに、ブロンドの巻き毛と悪魔の羽根に尾。完璧なるセクシー系魔族の風貌だが、惜しむらくは……盆地胸・くびれ皆無ウェスト・尻えくぼも出ない肉欲感ゼロのヒップの持ち主である。つまり、本来あるべき色気が全くないサキュバスの異端者なのだ。 しかし秘書としての技能はまさにプロフェッショナル。実務秘書検定一級の持ち主であり、パン職人の資格も持つ。 心のライバルは、主にトーストに塗る乳性油脂と同じ名を持つ、天才パン職人の弟子だ。大手版権、名前ダセナイゼッタイ。(笑) 「魔王様。ジャムパン、召し上がりますか? 人肌に温めておきました」 と、ドロシーは胸元から先ほど入れたジャムパンを取り出した。 「イラネ。明らかに何か仕込んでますっつー、怪しい変色してんじゃん。毒か何かだろ」 「ええ、ほんの致死量ほど混ぜてございます。ご安心ください。苦しさを感じる暇もございませんわ」 「余計にいらんわ!! だがそれを俺に食わせたら片乳なくなるぜ、ドロシー!」 田中の目の前に、ずいとメロンパンが差し出された。 「お心配り、痛み入ります。ですが替えのパンは幾つか常備しておりますので」 ドロシーはそのメロンパンを胸元へと収めて、僅か一秒で立派な巨乳の完成である。 「田中君がいらないなら、ぼくいただいちゃおうかなぁ、そのジャムパン」 グレゴリーは物欲しげに、ドロシーの持つジャムパンを見つめている。 「毒入りだっつったろ。死ぬぞ」 「大丈夫! ぼくロト6にも当たった事がないからきっと平気!」 「毒に当たるのとロト6の当たりは関係ねぇだろうがよ!」 田中がグレゴリーの頭をハリセンで叩いた。 ◇◆◇ 「んで大魔王さんよ。俺、里帰りしてきた理由、まだ聞いてくれねぇの?」 「えっ?」 グレゴリーの顔色が変わり、慌ててケルベロス君を両手で抱えてふるふると首を振る。 「駄目! 今、このお城追い出されたら、また新しい賃貸探すの大変だから! それにケルベロス君、寒さに弱いから! 今、冬だもん!」 「賃貸物件渡り歩かずに自分の城建てろよ、モブ顔大魔王ッ!」 魔王城にハリセンの音が響いた。 「今更この城返せなんてチンケな事、ぬかすかよ! 俺は魔王だぜ、魔王! 魔族の王!」 「グレゴリー様はあなたより更に格上の大魔王ですが?」 ドロシー会心のツッコミ。 「ううっ、でもぼく。ケルベロス君が一緒なら、きっとどこでだって生きていける。ケルベロス君だけがぼくの友達だもの!」 グレゴリーは愛しげにケルベロス君を頬擦りする。だがケルベロス君は、心底迷惑そうにイヤイヤしている。 「ちなみにグレゴリー様の臣下に当たる魔族は約六千万、あとハーピー族とヴァンパイア族に、以前新聞の文通相手募集コーナーで知り合ったペンフレンドがいらっしゃいます」 「友達いるじゃん! ペンフレンドいるじゃん! 今どきLINE友達じゃないのが驚きだけどよ!」 田中はちゃぶ台をハリセンで乱打する。 「ケルベロス君は特別な友達だよぉ?」 「……その特別な友達に、あんた喉笛噛み切られてんだけど?」 「これはケルベロス君流の愛情表現の甘噛みだよ」 「首から下が血で真っ赤っかになるのはもはや甘噛みとは言わねぇよ! マジ噛みだよ! マジに|殺《や》りに逝ってやがるよ、そのネズミ!」 グレゴリーの顔色は出血多量により、蒼白となっていた。 「大魔王様。替えのジャージと輸血のご用意、いたしますね」 「それだよ!」 田中がビシッとドロシーを指差した。 「なんで俺より偉いはずの“大魔王”が、いつもいつでもどこに行くのも薄汚れたよれよれのイモジャージなんだよ! 魔族とか魔王らしく、厳ついマントとビラビラのローブとか着ろよ!」 グレゴリーとドロシーは顔を見合わせる。そして同時に声を発した。 「だって動きにくいもん」 「グレゴリー様には似合いませんから」 「動きにくいとか、似合う似合わないは関係ねぇんだよ! あんた大魔王なんだから!」 田中、渾身のハリセン・フルスイング。 ハリセンはグレゴリーの顔面にクリーンヒット。ドロシーは目にも留まらぬ動きで明太フランスを構え、受け止める。 「ふぅ……こんな事もあろうかと、固めのパンを用意しておいて良かったですわ」 ちゃぶ台に零れた明太クリームを指先で拭い取り、蠱惑的な赤い舌でペロリと舐めるドロシー。 「あら、いけない。私、塩分の摂りすぎには気を付けておりましたのに、うっかり明太クリームを舐めてしまいましたわ」 「魔族が摂取塩分気にすんなよッ!! つかフランスパンは卑怯だろ!」 田中がドロシーを指差す。ドロシーはその指に、先ほどのジャムパンをぷすっと突き刺した。その行動に意味はない。 「柔らかなパンもよろしゅうございますが、たまにはハードな歯ごたえのパンも美味しゅうございましてよ? ですから卑怯とは心外ですわ」 「パンの問題じゃねぇよ! ってかテメェはパンばっかだな!」 田中は手刀で明太フランスを叩き折った。 「ドロシーちゃん。固いおっぱいは可愛くないよ」 「グレゴリー様がそう仰るのなら、今度からもちふわ食パン一斤で受け止めるようにいたしますわ。食パンの衝撃吸収力は侮れませんよ」 「わぁ、だったらおっぱいがもちふわだね」 「食パン詰めたら四角い乳になるだろうが! つか、パンの問題じゃねぇんだよ! 話題反らすな!」 田中の声はもう涸れていた。 ◇◆◇ ホワイトボードにワンピースを着た人型スライムが描かれている。いや、スライムではなく、グレゴリーの似顔絵──作画・田中だ。 ちなみに学生時代の田中の美術の成績は、十段階評価の二だった。 「とにかくだ! 魔王とか大魔王ってのは、こう、なんつーか、厳ついごっつい重苦しい長ったらしいマントをズルズル引きずって、その中は……」 「全裸ですね?」 「そうそう! 女子高生の背後から近付いて、素早く前に回りこんでマントを広げて、ウェヘヘ、俺のビッグマグナム見てみ……って、違ぁーうッ!! おまっ……恥ずかしくないのか、そのセリフ!」 「魔王様のお言葉の方が恥ずかしゅうございます」 ドロシーは何事もなかったかのように、涼しい顔でほうじ茶を啜った。 「丈の長いローブだ! マントの中はローブ! ドラゴンとかメデューサなんかのひと目でチビりそうな強面の魔物か、下品にならない程度に厳か且つ、いかつい豪華な刺繍入りなんかが好ましい!」 田中はホワイトボードにマーカーの先を叩きつける。ペン先が潰れ、インクが飛び散った。 「ウチにそういうの、あったっけ?」 「確か先代様の……では衣装部屋を探してまいりましょう」 ドロシーは立ち上がり、姿を消した。 グレゴリーは緩みきった表情、田中は険しい表情と、まるで対照的な二人が残される。 田中は腕組みをしたまま、何気なくグレゴリーに問い掛ける。 「魔界を代表する大魔王が、年中年柄ジャージとボサボサ頭とか、自分で自分が恥ずかしくねぇ? 大魔王なのに威厳とかねぇの、あんた? もし急な来客とか、打倒魔王掲げた勇者とかが突然押し掛けて来たらどうすんだよ?」 「んー……と」 グレゴリーは指先を頬に当て、思考を巡らせる。 「とりあえず座って待っててもらって、急いでコンビニ行ってジュースとお菓子買ってこようかと」 「ちげーだろうがッ!」 田中のハリセンが空を切った。 「あんたの首獲りに来てんだよ、勇者は! それを大魔王自ら接待してどうするよ! しかもコンビニの安っすい駄菓子で!」 田中は勇者というものが何者か、勇者の目的はどんなものかを、唾を飛ばしながら熱弁する。 「えー……首切られたら痛いからヤだなぁ」 「今更痛いとかどうなんだよ! さっきあんた、そのネズミに食われてただろうが!」 指差す先には満腹になり、幸せそうに惰眠を貪るケルベロス君。 「だからケルベロス君のは愛情表現の甘噛みだよ」 「甘噛みで顔色グールになるかよ! 血の気完璧失せてたじゃねぇか! もう復活してっけど!」 「うん。ご飯食べたからもう栄養になった」 「回復早っ! 即時回復力侮れねーな!」 空になった土鍋に蓋をして、グレゴリーはそれをちゃぶ台の脇に置く。 「そうだ。食後のスイーツにと思って、美味しい豆大福を買って……」 「ンなモンいらねぇから、大魔王らしい服着てくれ! 臣下やってる俺がマジで恥ずかしいから!! 頼むから!!」 田中は血の涙を迸らせて叫んだ。 「グレゴリー様。それらしいお召し物が見つかりましたので、こちらでお着替えを」 「わぁ、見つかったんだ。ドロシーちゃんは探し物が上手だねぇ」 グレゴリーが立ち上がり、広間入り口で手招きするドロシーの方へと向かう。 「ええ、七五三の時のものが」 「何百年前のだ! しかも入るのか、そのサイズで!」 田中がハリセンを投げ付けるが、ドロシーはそれを練乳フランスで叩き落とした。 「こんな事もあろうかと、固いパンを……」 「それさっきもやったじゃねぇか! つか、テメェは早くマトモな服に着替えてきやがれ! ドロシーはとっとと手伝ってこい!」 こめかみに浮き出た田中の血管は、今にも破裂しそうになっていた。 「はいはーい」 二人が衣装部屋に消えるのを確認し、田中は叩き落とされたハリセンを拾った。 「次からは殺傷力上げるために超合金のハリセン持って来よう……」 ◇◆◇ どっしり重いビロードの艶やかさ。縁取りは柔らかなファー。エレガントで華美な職人こだわりの金刺繍を全面にあしらったマント。荘厳にして華麗な総レース仕立ての豪奢な長ローブ。バックスタイルは贅沢なたっぷりのドレープ。ウェストを引き絞る帯にも、細かな美しい刺繍と天然石を縫い込んだ、重厚さと上品さを兼ね備えた装飾がなされている。 「どう? 似合う?」 グレゴリーはえへんと胸を張る。 「クソふざけた七五三用ではない、マトモなマントとローブを用意できたという点に関しては及第点をやろう。だが……」 田中の振り下ろした拳が、ちゃぶ台を真ん中からV字にへし折った。 「なんでよりによって、全部“白”なんだよッ!! アアッ!?」 そう、グレゴリーの纏う豪華な衣装は、全て純白だった。 「魔王っつったら“黒”選ぶだろ、フツー!? なんで白! マントもローブもファーも全部、なんで白なんだよ!!」 ちなみに当のグレゴリーは、衣装の豪華さに顔が馴染んでおらず、完全に“服に食われて”いる。まるで年末恒例歌合戦の豪華衣装とは名ばかりの“舞台セット”を纏った大物演歌歌手のようだった。いや、例の演歌歌手ほどの大物オーラはグレゴリーにはない。繰り返すが、グレゴリーの顔は地味なモブ顔だ。 「えー……白かったら汚れた時すぐ分かるから、シミになる前に洗濯できるし」 「大魔王が洗濯の心配すんなよ!」 グレゴリーの背後で、ドロシーが各種用途別洗剤と漂白剤を準備している。 「モノトーンは何にでも合わせやすい代わりに、ファッションセンスとか個性がなくなっちゃうし」 「年がら年中イモジャージの貴様がファッションを語るな!」 田中がグレゴリーの胸倉を掴み上げる。 「それに黒って悪そうなイメージじゃない?」 「いいんだよ、悪そうで! 大魔王なんだから!」 「ぼく、大魔王って肩書き嫌い」 ぷいとグレゴリーが顔を背けて頬を膨らませる。 「だぁーッ!! 好きとか嫌いとかじゃなく、あんたが大魔王なんだよ! 魔族の王! 一番偉くて悪くて強い奴! ゲームに例えりゃ、ラスボスっつーより、クリア後の隠し要素である腕試しダンジョンの最深部にいるような、鬼畜な強さとバグかってーな桁違いのヒットポイントの隠しボスクラスの立ち位置なんだよ、テメェは!!」 顔を赤黒く変色させ、血反吐を吐きそうな勢いでツッコミ倒す田中に対し、グレゴリーはてへっと頭を掻きながら舌を出した。 「あ、ごめんね田中君。ぼく、ゲーム苦手なんだ」 「だからそれは例えであって、ゲームの得手不得手は関係ねぇんだよぉぉぉッッッ!!」 もはやツッコミが追い付かない。あらゆるツッコミの追随を許さない、グレゴリーの天然ボケの完全勝利だった。 グレゴリーは少々ムッとした表情で、田中をビシッと指差す。 「じゃあぼくからも一つ言っちゃうよ!」 「なんだよ!」 「田中君だって、南国に新しい魔王城建ててちょっと浮かれてるんじゃないの?」 グレゴリーは田中の双肩を掴み、彼の着ているものをピンと引っ張った。 「こんな派手なアロハシャツとバミューダパンツの魔王なんてヘンだよ!」 真っ青な海をイメージした地色に、真っ赤なハイビスカスが咲き乱れるアロハシャツ。若者に人気のブランド物バミューダパンツは数量限定モデルだ。更に足許はビーチサンダルだった。 「お、俺はいいんだよ、俺は! 南国に引っ越したのは魔王隠居したからだし!」 「魔王様の魔王としての雇用期間はまだ七百年ほど残っております。今、自主退役されますと、退職金は出ませんがよろしいですか?」 ドロシーがどこからか取り出したファイルをパラパラ捲りながら呟く。 「そうですね……任期中にせめてあと二、三回は世界征服等の悪事を企んで実行していただかないと、役職手当も減額になりますね。有給休暇はもう全て消化されていますので、以後の自主休暇は給料にそのまま響きますよ。生理休暇も使えませんから、体調管理にはくれぐれもお気を付けください」 ちなみに田中は男なので、月のモノ期間などない。あえて言う事ではないが。 だらだらと田中が粘っこい汗を滴らせる。 「う、うう……ドロシー、俺の黒マントと黒ローブを用意してくれ」 「かしこまりました」 ドロシーが広間を出ようとした瞬間、大扉が大きな音を立てて蹴破られた。 銀色に輝く鎧をまとった騎士と、神秘的な光沢のある紫色の羽衣を着た魔法使いが飛び込んでくる。 「いたな魔王! この勇者ダグウィードが成敗してくれる!」 「やかましい! 今、取り込み中だ!」 田中の投げたハリセンの持ち手部分(注・固い)が、勇者ダグウィードの眉間にクリティカルヒット! 勇者は一撃で沈んだ。 「ヒィッ! よ、よくもダグを!」 魔法使いルイスが涙目で、愛する勇者ダグウィードを|殺《あや》めた田中に露骨な憎しみをぶつけてくる。 「あっ! ケルベロス君の餌の時間だ。きみ、ちょうどいいから餌になってね」 ジィーッ!(エサクレーッ!) 魔ハムスター・ケルベロス君が魔法使いルイスの喉笛目掛け、齧歯を剥き出して飛び掛かった。 ◇◆◇ ガムテープで簡易的に修理されたちゃぶ台に、ほうじ茶の入った湯呑みが三つ用意されている。 ドロシーはその湯呑みをゆっくりと各自に配った。 「俺さ。南国帰って、ちょっと向こうの国の姫でも攫って、真面目に悪事働いてみるわ」 「そうだねぇ。ぼくも次回作のネタ集めのために、近隣の国に魔物の軍隊でも派遣してみようかな。僕の作品、人間たちの対応がワンパターン化してきちゃってるから、きっと面白くないんだと思う」 「向上心を忘れない、とても素晴らしい心掛けですわ、グレゴリー様、魔王様。あ、お茶うけに大入りクリームパンなどいかがでしょう? 人肌に温めておきました」 ドロシーが胸元から取り出し配ったクリームパンをもそもそと頬張りつつ、ほうじ茶を啜る大魔王グレゴリーと、魔王田中。そして秘書サキュバスのドロシー。 束の間の平和だった。 ──魔王城が平和でいいのか悪いのかは、また別問題として。 |
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