LOST PRINCE

「死を意識するなんて何度目だろう?」
スラムで育った少年フェリオは、腕の中で冷たくなってゆく少女を抱きしめながら、そう思う。

豪胆な女性マーシエとの出会いが、
スラムの孤児であったフェリオの運命を大きく変える。


    オーベルの企み

     1

 隠れ家の奥。錠前付きの頑丈な扉を抜けた先が、オーベルの部屋だった。
 頭部と臓器だけの異質で不気味な姿だが、魔術の力で彼は今も生きている。生きる屍として。
「マーシエ? フェリオもか。どうした? 二人揃って」
 クッションの上に置かれた首が笑う。
「フェリオ」
「は、はい」
 マーシエに促され、フェリオは一歩進み出た。
「オ、オーベル王子。これから僕、今まで以上に真剣に王子のフリをして、みんなを引っ張っていけるようになろうと決めました。まだまだ覚える事もできない事も多いけど、僕は絶対くじけません。だから王子もどうか、僕を応援してください」
「ふぅん……やっと自分からやる気になったって事か」
 揶揄するようにオーベルが鼻を鳴らす。そしてニヤリと笑った。
「さぁて。どこまで俺に近付けるかねぇ?」
「王子も協力してほしいんです。明日、また決起会があります。僕、前みたいに終わった瞬間に倒れたりしたくなくて、声を出さなくても、もっと王子っぽく振る舞いたくて。どうすれば王子に近付けますか?」
「おいおい、いきなり難しい事を言ってくれるな」
 フェリオは一歩オーベルに近付き、頭を下げた。
「どう振る舞えば俺なのかなんて、無意識の行動まで説明できるものか。マーシエ、その辺りはお前の方が詳しいんじゃないのか?」
「あたしはただの騎士で、あんたのまだマトモだった頃の事なんてろくに覚えちゃいないよ。一番傍で見ていたのはアスレイ師なんだけどね」
「あいつはちょっとばかり腹が黒いからなぁ……」
 オーベルが苦笑しつつ零すと、マーシエも嘆息しながら、先日のアスレイとの口論を暴露した。
「もうアスレイ師とは一戦、やらかしたよ」
「なんだと?」
 オーベルの顔に疑惑が浮かぶ。
「アスレイ師はフェリオをなじって、追い出そうとしたんだ。オーベルに似ても似つかないってね」
「それは事実だが、アスレイも納得してこいつを使ってたんじゃないのか?」
「内心、不満だらけだったんだろうよ」
 嘆息しつつも、フェリオの肩をポンと叩くマーシエ。
「だけどフェリオは挫けなかった。逆にやってやるって踏ん切り付いたみたいでね。今日もこうしてあんたに指南を受けに来たって事さ」
「へぇ。想像以上に根性があったんだな」
「ぼ、僕が立ち上がれるのは、スラムの孤児たちを助けたいからで……本当は戦なんてやめてもらいたいです。でも避けて通れないのなら、僕は立ち上がるって決めたんです」
「……いい顔付きになった。褒めてやるよ」
 クッションの上の首はニヤリと笑った。

「そうだなぁ……俺らしく……足でも組んでみるか?」
「だらしない姿を見せてどうすんだい」
「王族の威厳だろうが」
 フェリオは椅子に座り、そっと足を組んでみる。が、オーベルに笑われた。
「せっかく偉そうに足を組んでるのに、背中を丸めてどうするんだ。お前、本当に小心者だな」
「す、すみません」
 今度は胸を張って足を組む。が、マーシエに首を振られた。
「無理。あんたにそういうのは似合わないから、ヘイン騎士長が何か言うたびに頷くとかにしときなよ」
「王子らしく頷くにはどうしたらいいんですか?」
 素朴な疑問をぶつけると、一人の女騎士と一人の王子は黙りこんでしまった。
「どうって……どうだろう?」
「自力で顔を動かせない俺に聞くか?」
 マーシエとオーベルは顔を見合わせてプッと吹き出した。
「騎士長が何か勇猛な事を言えば、ウムって感じで一回深く頷く。あとはしばらく聞き流して、また頷く。最後の号令では手を挙げて兵士たちに合図。これでいいんじゃない?」
「こ、こうですか?」
 フェリオは威厳のある雰囲気を出して頷いてみた。
「悪くはないが、やり過ぎるなよ。安っぽくなる」
「はい。がんばります」
 フェリオは二人に見てもらいながら、何度も頷く練習をした。

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