Light Fantasia

オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。
名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、
健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。
凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー!


       7

 ラシナをぐるっと迂回する形で海を進むと、オウカのその港町はある。ラシナから運ばれてくる荷物を引き取って配達するのが今回の仕事。でもその荷物っていうのが、ラシナの地方の一部でしか使われていない独特の文字で書かれているの。組合でそれが読めるのは、たぶんコート一人だけ。ジュラはラシナの標準文字か、オウカの標準文字くらいしか読めないしね。
 その仕事に、あたしはエイミィを同行させる事にした。
 もちろん部外者を同行させて何かあった時は組合の名前に傷が付くし、純白魔術が使えるって言っても、エイミィは何の訓練も受けてないただの女の子だから危険が無い訳じゃない。
 だからこそ、コートがエイミィをどこまで守り切れるか試してみたいと思ったの。エイミィを最後までちゃんと守り切れたら、コートはきっとエイミィの事が好き。多分タスクに対する憧れよりも。
 もちろん子供のコートに先陣切って戦えって言ってるんじゃないわ。魔物や盗賊との危険な戦闘となれば、ちゃんと自分よりエイミィを優先して逃げるなり隠れるなりしてあげられるかを見たいの。
 本当に危なくなったら、あたしかタスクが二人を守るけどね。ジュラには一人で最前線を任せる事になっちゃうけど、でもコートを守るためだからジュラも分かってくれると思うわ。あたし一人じゃさすがに二人を庇うのは辛いから、タスクを同行させる事にしたって意味もあるし、自分を守ってくれるタスクに対するエイミィの誤解を解いてあげたいからって意味もある。
 あたしだって色々考えてるんだからね!

 ゴトゴト揺れる馬車の御者はあたしとタスクで交代でしている。腕力のないコートやエイミィには馬を操るなんて無理だし、ジュラの馬鹿力で手綱を引っ張ったら、馬の首が折れちゃうわ。
 今はタスクに御者を任せてあたしは馬車の中でくつろいでいた。ううん。くつろぐって言っても、板敷きの馬車の荷台が揺れてお尻が相当痛いんだけど。
「ジュラ、退屈そうね」
「コートがお話ししてくれませんの……」
「……なんか食べてたら? おやつ持ってきてるでしょ」
「お菓子よりコートとお話ししたいですわ……」
 駄目だ。ジュラは完全にコート欠乏症になってる。
 港町で引き取ってきた荷物に背を預けるように、コートとエイミィが並んで座っている。
 港町へ向かう時に一度魔物の襲撃があったけど、コートはちゃんと率先してエイミィを安全な場所へ誘導して隠れてやり過ごした。やっぱりタスクの言う通り、コートはエイミィが好きなのかもしれないわ。
 今はオウカへ戻る帰り道。このまま何事もないのが一番だけど、でもまだコートの気持ちを知る決定打ってものがない。もう一回くらい魔物の襲撃があってくれれば、その時のコートの行動で、コートのエイミィに対する気持ちははっきりするような気もするんだけど。
 馬車の中で、二人でおとなしく並んで座ってるけど、特に会話してる風でもない。あ、エイミィは話せないからコートが一方的にお喋りする事になるのか。その光景は想像できないなぁ。
 あたしは二人に近付き、ウェストポーチの中からキャンディーを取り出した。
「ただ座ってるだけでも疲れるでしょ。甘い物でも食べてたら?」
「あ、ありがとう、ございます」
 コートが受け取り、エイミィに手渡す。エイミィはぺこりと頭を下げ、そのキャンディーを持ったまま、ぼんやり馬車の外を見ている。エイミィの様子、ちょっと変じゃないかな。
「エイミィ、もしかして馬車に酔った?」
「そうなのですか? すみません、僕、全然気付かなくて……」
 あたしが言うと、エイミィははっとして首を振る。だけど青白い顔は全然大丈夫そうじゃない。
「ちょっと休憩しよう。ね?」
「でも急ぐのでは……」
「コート。女の子は労わってあげなきゃ」
 あたしは御者台のタスクの方へと移動する。
「タスク! 近くに川があったでしょ? ちょっと休憩しよ。エイミィが酔っちゃったみたい」
「分かった」
 ゴトゴトと荷台が左右に揺れて、馬車の進路が変わる。

 しばらくして馬車が止まり、川のせせらぎの音が聞こえてきた。あたしは一足先に降り、馬車の方を振り返る。
 よしよし。コートはちゃんとエイミィをエスコートしてるわね。いつもならジュラに抱っこされて降りてくるのに。これは期待しちゃっていいのかしら?
 ジュラもすぐ後から馬車を降りてきて、コートがエイミィに付きっきりなのを見て、拗ねた様子であたしの所にやってくる。
「コートがわたくしを無視しますの。コートはとても意地悪さんになってしまいましたわ」
「あのね、ジュラ。今、コートはすっごく大事な時なの。だからちょっとだけ我慢してあげて。すぐにまた『姉様姉様』って言ってくれるようになるから」
「本当ですの? ではわたくし、あとどれだけ我慢すればよろしいのかしら?」
「うーん、どれだけっていうのは分かんないけど、でもホントにあとちょっとだから。それまであたしやタスクがジュラの相手したげるから。ね?」
 あたしはにっこり微笑みかける。だけどジュラは唇を突き出して不機嫌を露わにする。
「……コートがいいですわ。コートはわたくしの弟ですのに」
「もうっ……」
 ジュラのコート依存は一筋縄じゃ治らないわね。

 川の冷たい水で手を洗おうとしてるのか、コートとエイミィが川へ向かって歩いていく。その様子を見て、ジュラは胸を誇張するかのように、バストの下で両腕を組んだ。
「わたくし、エイミィさんは嫌いではありませんわ。でもわたくしのコートを独り占めするのは不愉快ですの」
 ジュラがエイミィに対してヤキモチ妬いてるわ。でも今回ばかりはジュラに我慢してもら……いいえ、ジュラも成長してもらわないとね。ジュラって実際の年齢はあたしより上だけど、中身はコート以下だもの。
「ジュラの気持ちは分からないでもないけど、でもコートだっていつかは独り立ちするんだし、ジュラだってそろそろいい人がいれば、お嫁に行く気もあるんでしょ?」
「わたくしはコートがいれば結構ですの。コートとずっと二人で暮らしますの。そのつもりでわたくしとコートは二人で家を出てきたんですもの」
 ぷいと顔を背けて拗ねてしまい、ジュラは馬車に戻ってしまった。
 あらまぁ。本当にジュラはコートしか見てないんだね。弟大好きな姉と、姉大好きな弟で、お互い過剰姉弟愛が過ぎて、ジュラにもコートにも、それってあんまりよくないような気がするんだけどなぁ。
 今回のエイミィの事は、お互いを成長させるいい機会だと思うわ。

「ファニィ。コートはどうだ?」
 馬を休ませてきたのか、凝った肩をグルグル回しながらタスクがやってくる。
「うん。なんかいい感じ。でもジュラが完全に拗ねちゃった」
「ジュラさんのコートに対する過保護っつーか、べったり感は相当だからな」
 タスクは苦笑して腰に手を当てる。そして川べりのコートとエイミィの姿を、目を細めて眺めた。
「寂しいの?」
 あたしは茶化して意地悪く言う。
「馬鹿言え。俺はコートの初恋応援派だ。チビ共見ててお前は何とも思わねぇ? 微笑ましい限りじゃないか」
「確かにね」
 今はまだパッと見た目は可愛らしい女の子が二人でいるように見えるけど、でもコートがもうちょっと成長して、男の子らしくなってきたらバッチリお似合いの二人よね。
 エイミィをいつまで組合で保護してるかにもよるけど、でも帰る場所が分からないなら、将来的にこのまま組合の事務員か何かとして、置いておいてあげてもいいかもしれない。そしたらずっとコートと一緒にいられるし。
 うーん……でもエイミィのご両親はやっぱりエイミィを捜してるわよね。まさかエイミィも家出中とは考えにくいし。
 ハッ……絶賛家出中の人間が、あたしのチームに部外者含む四人……って、うわぁ……ウチは駆け込み寺なの? あたしは家出人担当者?
 ゾッとしてあたしは頭を抱えた。

 ふいにコートが何かをエイミィに告げ、トコトコとあたしたちの方へと走ってきた。そして不安そうな顔であたしを見上げてくる。
「ファニィさん、すみません……」
「どうしたの?」
 コートが戸惑うように胸を両手で押さえる。
「……あの……エイミィさん、本当はすごく体調が……悪かったそうです。出発の前から、少し……熱が出ていたそうで……それでも今までずっと我慢……していたそうです」
「やだ……風邪か何かなの? 今は大丈夫なの?」
 あたしは慌ててコートに問い掛ける。エイミィはあたしが思っていた以上に頑張り屋さんだったのかも。あたしが誘って連れ出しはしたんだけど、でも具合悪いなら無理して付いてくる事なかったのに。
 それだけコートと一緒にいたかったのかしら?
「あの……その……ですから……」
「分かった。ちょっとペース上げて急いでオウカへ戻ろう」
 タスクが言うと、コートは慌てて首を振った。
「いっ、いえ……あのっ……ゆ、揺れるほうが、お、おつらい……みたいなんです。揺れると余計に気分が悪くなってしまうようで……」
 やっぱりまだタスクと話す時は顔を真っ赤にして緊張してる。うーん、エイミィとタスクのどっちにコートの気持ちの天秤が傾いてるのか、まだ微妙だなぁ。
「そっか。じゃあゆっくりの方がいいね。休憩いっぱい取ろう」
 街道と言っても、町中みたいに舗装された道じゃないから、馬車の車輪から荷台に伝わる振動は、あたしでも辛いもんね。
 あたしが言うと、コートはぺこりと頭を下げた。
「は、はい。勝手、を、言って……すみません……お仕事なのに……」
「コート。お前はしっかりエイミィの傍にいてやれ。なんかあったらすぐ、ファニィか俺に言うんだぞ」
「あ、ありがとう……ございます」
 コートはもう一度頭を下げて、またエイミィの元へと戻っていった。
 せめて解熱のお薬でもあれば良かったんだけど、でもそういうのってあんまり使わないし持ち歩かないもんねぇ。エイミィ、大丈夫かしら?

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