Light Fantasia オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。 名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、 健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。 凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー! |
5 姉様が背後にいたゴブリンを肘打ちで弾き返します。ゴブリンは呆気なく硬い岩肌に叩きつけられ、そのまま舌を出して失神してしまいました。 あまり力を込めているように見えませんが、でもすごい力なんですよ。姉様はこれでも組合で一番の力持ちなんです。そうは見えないとよく言われますけれど。 姉様から少し離れたところにはファニィさんがいらっしゃいます。ファニィさんはゴブリンの頭上を軽々と飛び越えて、動きを封じるために素早く足の健を短剣で切り裂きました。いつ見ても驚くほど身軽なかたです。 「へぇ、言うだけはあるんだな」 僕の隣には褐色の肌と黒髪の男の人、タスクさんがいらっしゃいます。右頬に朱い刺青をなさっていて、少し怖そうな印象を受けるかたですが、でもとても優しいかたです。 その……えと……とても素敵なかたで、僕……あっ……な、なんでもないです。 「ちょっとタスク! あんた少しくらい手伝いなさいよ! 魔法使いなんでしょ!」 ファニィさんがタスクさんに向かって声を張り上げます。 「馬鹿言え! こんな閉鎖空間で火炎魔法なんか使ってみろ。みんな黒焦げだぞ!」 「使えない奴ねっ!」 タスクさんとファニィさんは、組合の食堂で一度大喧嘩なさってから、とても仲が良くなりました。口では罵り合いをするのですが、お互い面白がって言い合っているようで息ぴったりなのです。 僕ちょっとだけ……羨ましいです。僕は口下手だから、そういうのが……できなくて。 でも僕はこうして一緒にいられるだけで……その、すごく……嬉しいです。 「っんだとクソアマ! そこまで言うならやってやるよ! ただし俺の正面に立つなよ!」 と、売り言葉に買い言葉で返事をなさって、タスクさんは帯の後ろに差していた魔法使いの杖を引っ張り出します。 その杖は魔法金属という、ジーンで作り出された特殊な人工金属でできているらしく、先端に埋め込まれた宝石も魔力を蓄えたとても珍しいものなのだそうです。僕は珍しいものが好きなので、一度じっくりと研究してみたいのですけれど、とてもお願いできません。だって……恥ずかしくて……。 タスクさんが杖を目の高さに掲げて、もう片方の手を前に差し出した状態のまま、魔法の呪文を唱えます。すると杖ではなく、何も持っていない方の手から一条の光が迸りました。 光といっても白や黄色などの淡い色の神々しい光ではなく、闇色とも表現できそうな黒くて禍々しいものです。 その光に触れたゴブリンたちの皮膚が、一瞬で爛れて姿そのものが崩れ出しました。 「……っう……」 僕は気持ち悪くなって顔を背け、両手で口元を押さえました。 「うっわ、グチャグチャ! タスクってば残酷!」 「悪かったな! 火炎魔法以外じゃ、俺は暗黒魔術しか使えないんだよ! 暗黒魔術は死の魔術。手加減してもこういうモンなんだ!」 後から聞いた話ですが、魔法と魔術というものは似て異なるものなのだそうです。魔法研究があまり活発でないオウカやラシナでは、一口に魔法と魔術は違うと言われてもよく理解できません。これも一度ちゃんと研究してみたいです。 「あらコート。おなかでも痛いんですの?」 「違うよ、ジュラ。タスクが酷いモノをコートに見せていじめたから、コートが気持ち悪くなっちゃったの」 「まぁタスクさん酷いですわ。コートをいじめるなんて、わたくし許しません事よ」 「違いますよジュラさん! ファニィの奴が無茶言うんで、俺も戦闘に参加したらこうなっただけです。あー、コート。悪かったな。確かにお前にはちょっと刺激が強すぎたかも。でももう消えちまったから大丈夫だぜ」 今朝まではタスクさんは、ファニィさんを補佐官、姉様をジュラフィスさん、僕をコートニスと、正しい名前で呼んでいらっしゃいました。でもこの洞窟へ来る途中、ファニィさんが「あんたにそう呼ばれると気持ち悪い」と、身も蓋もなく一蹴してから、皆さんを愛称で呼んでくださるようになりました。 その……少し親しくなれたようで嬉しいです。えへへ。 僕が恐る恐る目を開くと、溶けるように崩れてしまったゴブリンの死体はどこにもありませんでした。タスクさんが仰るように、魔術の光で溶けて消えてしまったようです。すごい威力です。僕、とても驚きました。熱は発しなかったようなので焼いたのではなく、強い酸のようなもので溶かしてしまったんだと思います。 「タスク。コートの前ではそのグチャグチャ魔法、禁止ね」 「魔法じゃなくて魔術。魔術を禁じられたら俺は戦えないから、お前、せいぜい頑張れよ」 「うわー。それ男の発言じゃないよ。女の子任せで平気だなんて、軟弱。ヘボ。紐男ね、紐男」 「……背後から火球をお見舞いしてやろうか?」 「今、寒くないから遠慮しとくわ」 やっぱりタスクさんとファニィさんの息はぴったりです。 「ジュラ、コートの手を引いてやって。先に進むよ」 ファニィさんは岩陰に置いていたランタンを手にして、洞窟の中をずんずん進み始めました。 薄暗くて澱んだ空気の臭いがします。でも仕方ないですよね。今まで人が踏み入った事のない洞窟なのですから。でもよく今まで誰にも発見されずにいたのか不思議です。 ランタンの灯りを頼りに僕たちは奥へと進み、そして大きな岩扉まで辿り着きました。この扉が、前に僕たちが開けられなかった扉です。 僕たちの中で一番背の高いタスクさんの身長より、更にその倍くらいの大きさがあります。だから僕からですと、姉様を見上げるよりずっとずっと上を見上げなければいけません。 ちょっと首が痛くなってしまいます。 「ははぁ、なるほど。確かにヘルバディオ時代独特の様式だ。多分向こう側に部屋があるな」 「ホントに分かって言ってる? 適当なデタラメじゃないよね?」 「うるさい。この時代の歴史は昔ちゃんと勉強したんだ。魔法も盛んに研究されていた時代だが、暗黒魔術に長けた術者が多い時代だったんでな」 タスクさんが少し寂しそうな、悲しそうな表情をなさいました。 今だけではないです。タスクさんが『暗黒魔術』と口にされるたび、わずかではありますけれど、表情が暗くなるのです。暗黒魔術というものが、何か特別な意味を持つ言葉なのでしょうか? 魔法と魔術。本当に一度ちゃんと違いを勉強して理解してみたいです。そうすればタスクさんの憂いも少しは理解できるかもしれません。僕が力になろうだなんて、おこがましいとは思いますけれど……。 楔で打ち付けたような模様が扉一面に掘り込まれていて、取っ手らしきものはありません。扉といっても、壁に丸い一枚岩を貼り付けたような感じです。こんな大きな岩が、普通のドアのように開いたりするのでしょうか? この向こうに部屋があるのか、何もないのかすら、僕には分かりません。タスクさんのジーンの魔法使いとしての知識を信用するしかありません。 「ジュラが思いっきり殴っても蹴飛ばしてもビクともしなかったわ。あんたホントにどうにかできる?」 「できるかどうかは古代文字を解読してからだ。おい、ファニィ、灯り貸せ。コート。お前がメモした古代文字はどの辺りだ?」 急に名前を呼ばれて僕はびっくりしてしまいました。でもすぐに鞄から手帳を取り出して、タスクさんを古代文字のあった場所へ案内します。 タスクさんは僕の手帳を片手に、そして壁の下の方にある掘り込まれた文字を指先でなぞりながら、解読を始めます。 「ふむ……あ、ほら、コート。ここがお前の写し間違い。この時代の文章は文法を一箇所でも間違うと、まるで意味が違ってくるんだ。だからお前のメモだけじゃ解読不能だったんだよ」 なるほど。確かに僕、一行飛ばして写し間違えていました。見慣れない文字なので仕方ないと言えば仕方ないのですが、ファニィさんのチームで記録係を仰せつかっている立場としては、とても申し訳ないし悔しいです。次にこういうことがあれば、もっと慎重に記録を残さないといけません。今回は戒めとしてしっかり記憶しておこうと思います。 僕はタスクさんに講義していただきながら、しっかりとそれを記録し直しました。後でちゃんと復習しておこうと思います。 そしてふと、僕はとんでもない事に気付きました。タスクさんと僕、袖が擦れ合っているのです。 僕は慌てふためいてタスクさんから離れました。興味を引かれる物に遭遇すると周りが見えなくなってしまうのは僕の悪い癖です。僕、とてもはしたない事をしてしまいました。 「コート。あんたドサクサに紛れてもっとタスクに擦り寄っておけばよかったのに」 「そ、そんな僕……っ!」 ファニィさんが僕をからかいます。いつも僕を茶化すんですから。 「さっきのゴブリンの時に見てたけどさ。ジュラさんがその恰好でちゃんと戦闘要員だっていうのは分かったけど、でもそれならそれで、もっとらしい恰好すればいいんじゃないのか? 胴着とかせめてパンツルックとか、もっとこう、動きやすい服にするとか」 タスクさんがご自分でお持ちになった小さな辞書のようなものを使って解読を進めながら、ポツリと呟きます。僕は姉様を見上げました。 深いスリットが入ったさらりとした生地の長いスカートと、胸が大きく開いたシフォンのドレスです。姉様によくお似合いなのですけれど、タスクさんは気に入らないのでしょうか? 「本人がこれが動きやすいって言ってんだからいいんじゃないの? ジュラがガッチガチに装備固めてたら変だよ」 「ふわふわしたスカートって、戦ってる時に引っ掛けたり汚したりしませんか、ジュラさん?」 「そうですわね……引っ掛けてしまった事はありませんわ。少しくらい汚れてしまっても、ファニィさんやコートがお洗濯してくれますの。ねぇコート」 「……そういう事じゃなくてですね……」 「あんただって魔法使いみたいにビラビラしたの、くっ付いてるじゃない」 「魔法使いみたい、じゃなくて魔法使いなんだ。能力のない奴じゃ分からないだろうが、結構いい魔法絹の仕立てなんだぞ」 「ぜーんぜん分かんない」 「じゃあ黙ってろ。あー、もういい。俺はこっちに集中する。コート、手帳貸せ。空いたページに解読用の構文書くぞ、いいな?」 タスクさんはその場へ腰を下ろして、ペンを取り出しました。そして僕の手帳の空いたページにガリガリと何かを書き始めました。文字と文字を矢印で繋いで……その隣に訳したものを書いていらっしゃるようです。 僕には理解できない構文です。僕もまだまだ勉強不足ですね。 「……祈り……いや、崇め……若き……」 「ねぇ、コート。古代文字の解読って、結構大変なの?」 ファニィさんが僕に問い掛けてきました。僕も少しなら古代文字を読めますが、専門ではないのであまり詳しくはないです。 「は、はい。今では使われていない文字を、複雑な順序で辿ったりしますから……僕も古代文字の解読はあまり得意ではないです。すみません……お役に立てなくて」 「天才のコートでも難読なものを、タスクが解読できるのかしらね」 僕が素直に告げると、ファニィさんは両手を広げて肩を竦めます。 その……僕も疑う訳ではありませんけれど……タスクさん、大丈夫でしょうか? できないとなってしまったら、ファニィさんはすごくお怒りになられると思うのですけれど。 でも僕の不安は杞憂に終わったようでした。 「……よし。大雑把にだが解読できた。意味は理解できる」 タスクさんが手帳にキュッと丸をして振り返りました。 「へぇ、意外にやるじゃない。見直したよ」 ファニィさんは口では茶化すような事を仰いますが、すごい事は素直に賞賛されるかたです。少々口調のキツいところはありますが、ファニィさんは本当はとても他人思いで素敵なかたなんです。 「どうもここはヘルバディオ時代の魔術師の秘密研究室として使われていたようだ。具体的に何を研究していたのかは分からない。当然だよな。玄関に自分の研究内容を記しておくような奴はいない。今の今までこの洞窟やこの部屋が見つからないでいたのは、十中八九、魔術によるものだ」 「魔術が関係して、なんで見つからなかった訳?」 「簡単に言うと、洞窟自体を容易に見つけられないように目晦ましの魔法をかけていたんだ。入口やらに幻を見せて何もないかのように見せかけていたんだな。だから動物的勘のあるゴブリンやらコボルトなんかには魔術は効かず、中に巣食ってやがったんだ。実際には魔法ではなく魔術による封印。ここの魔術師自身が研究を破棄して封印したと考えられる」 自分の研究していたものを捨ててしまったのですか? 僕はどんな研究でも最後までちゃんと見届けたい性分ですから、途中でやめてしまうなんて後味が悪くて嫌なのですけれど……。 タスクさんは立ち上がって服に付いた砂を払いました。 「で、どうやって開けるの?」 「それなんだが……開けない方がいいかもしれねぇ」 「は? それじゃ来た意味ないじゃない! この依頼はね、ジーンの研究施設の調査隊が来ても安全かどうかを調べる事にあるの! 開けたくないから中止してね、じゃ駄目なのよ!」 タスクさんが苛ついたように指先を突き付けながら、ファニィさんに詰め寄ります。 「あのな! 魔術師が自分の研究を封印するって意味は、それが自分の手に余る危険を孕んでいるからって意味になるんだよ! ここを無理に開ける事によって、どんな災厄が降り注ぐか分からない! そんな中をのんきに研究だ調査だなんて言ってられるか!」 「じゃあその災厄ってやつを取っ払ってやればいいじゃないの!」 「そんな簡単に排除できるもんなら、こんな大掛かりな封印なんかするか!」 タスクさんが地面を踏み鳴らすと、ファニィさんも負けじと地面を踏みにじります。お二人がまた睨み合いの喧嘩を始めてしまいました。 「あたしがどうにかしてやるわよ! だから開け方教えなさい!」 「ただ身軽なだけで、専門知識も何もないお前がどうこうできる問題じゃない!」 「じゃあいい! あんたなんか頼らない! ジュラ、コート! 三人がかりでぶっ壊すわよ!」 「やめろ!」 ファニィさんはタスクさんの静止を無視して、短剣を扉に突き立てました。姉様もファニィさんに促されて、掌打や蹴りを扉に加えます。ぼ、僕も何かしないとファニィさんに怒られてしまうかも。 「ファニィ! ジュラさん! やめろ! 絶対ここには呪いの類がある! このまま引き返すんだ! コート、お前は下がれ!」 僕はファニィさんとタスクさんに挟まれ、混乱してしまいました。どうすればいいのか分からなくなって、僕はよろめいてしまいます。まっすぐ立っていられなくなって、僕はトンと扉に背中を付いてしまいました。 すると今までビクともしなかった扉が、ゆっくりと回り始めました。まるで大きな螺子が回転しながら岩壁にめり込んでいくようです。 この扉は普通のドアのように開閉するのではなく、特殊な動きで開くようですね。魔法使いのかたが作ったものらしいので、僕ちょっと感心しました。 「しまった……コートの年齢がドンピシャだったか!」 「え? なに?」 ファニィさんがきょとんとしてタスクさんを見ます。 「封印を解くには若き純潔の者が生贄として必要だって書いてあったんだよ!」 「生贄? なにその時代錯誤」 「時代錯誤って、ヘルバディオ時代はそういう古い時代なんだよ!」 僕は逃げるように姉様の後ろに隠れました。生贄って……僕がですか? そんなのイヤです! 死んじゃうなんてイヤです、僕! 「コート、体どうもない? 気持ち悪いとか頭痛いとかない?」 「な、ないですけれど……でも僕が生贄なのですか? そ、そんなの困ります……」 僕が涙ぐむと、タスクさんは訝しげな表情をします。 「でもおかしいな。若き純潔者って、大抵は女子を示すんだが」 「コートは女の子みたいに可愛いじゃない? だからじゃないの?」 「封印を解くのに中身が肝心なんだから、見た目は関係ないだろうが」 タスクさんが疲れたように首を振ります。 そうこうしている内に、ゆっくり回っていた扉に隙間が見えました。ついに奥の部屋が開かれたようです。 「あっ、開いた。じゃあさっそく!」 「だからっ! 行くな入るな危険だからやめとけ!」 タスクさんがファニィさんを掴まえるより一歩早く、ファニィさんは扉の隙間から真っ暗な部屋へ潜り込んでしまいました。 僕が生贄という問題は片付いていませんけど、今のところ何もないようです。もう大丈夫なのでしょうか? |
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