Light Fantasia

オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。
名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、
健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。
凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー!


   魔鏡の封印

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 露骨に不機嫌な様子で、ファニィさんは椅子に深く腰掛けて腕組みなさっています。そして抑えていらした苛立ちが頂点に達したのか、乱暴にテーブルを蹴飛ばしました。
 僕はびっくりして身を竦め、ただただファニィさんの怒りが静まるのを待ちます。僕が知る限り、これが最善の策なんです。
「キィッ! もーっ、ムカつくったらありゃしない!」
 ファニィさんが再びテーブルを蹴りました。すると同じテーブルでケーキを召し上がっていた姉様が、優雅に口元をナフキンで拭ってファニィさんに向き直ります。
「ファニィさん。お食事をするところを蹴るなんてお行儀が悪いですわ。ほら、わたくしのケーキ、いただいていている途中で倒れてしまいましたの。イチゴさんが落ちてしまいましたわ」
「ケーキくらいいちいちフォークでちまちま食べなくても、ガッと掴んでムグッって一口で食べちゃえばいいじゃない! それよりも任務よ任務! に・ん・む! し・ご・と! このあたしが任務失敗だなんて、恥ずかしいわムカつくわ……あーもうっ!」
「一度にたくさん口に入れてしまうなんて、美味しいケーキがもったいないですわ。美味しいものはゆっくりじっくり味わってこそ美味しいのですわよ」
「だから今はケーキの食べ方じゃなくて、任務失敗の反省会を開いてるんでしょうが!」
 一見するとファニィさんと姉様は口論しているように見えますが、このやり取りはいたって普段通りの会話です。姉様には姉様独自のほわんとした理論と、ファニィさんはファニィさんの曲げられない信念があるのです。正反対の性格のお二人ですが、僕も含めて組合の中ではとても仲がいいんです。
 僕はそれが分かっているので口を挟んだりしません。したくてもできません。苛立ってらっしゃるファニィさんにお声を掛けるなんて、僕にそんな勇気はないです。

 つい先日のことです。
 僕と姉様、そしてファニィさんは、組合のお仕事でジーンの国境近くにある山中の洞窟へと行きました。最近発掘された、まだ調査の行き届いていない新しい洞窟です。
 魔法国家であるジーンに所属する研究団体のかたから、正式に調査隊を派遣したいので、まずは危険がないか、調査のための調査をしてほしい、場合によっては巣食う魔物の排除をしてほしいと冒険者組合に依頼があり、僕と姉様、ファニィさんが赴くことになりました。
 洞窟内部はゴブリンという魔物が出没する、少し危険な場所でしたけれど、途中までなら調査隊の皆さんでも行くことができると思います。でも途中まで、という結果は依頼主のかたには必要ない結果なのです。
 なぜなら〝洞窟の最深部まで〟調査できるかどうかを調べてきてほしいという依頼でしたから。
 僕たちが途中までしか行けなかった理由は簡単です。洞窟の最深部近くに大きな古い扉のようなものがあり、それを僕たちは開けることができなかったのです。
 扉の向こうに何があるか分かりません。ゴブリンなんかよりずっと恐ろしい魔物が潜んでいるかもしれませんし、何もないかもしれません。でもとにかく僕たちは、一度ちゃんと最深部まで到達し、魔物との戦いに慣れていない調査隊の皆さんが行っても大丈夫かどうかを確かめなくてはいけないのです。

「あんな古い扉くらい、火薬でふっ飛ばしちゃえば良かったのに!」
「だ、だめですよ! 閉鎖空間で火薬なんて使えば……た、大変なことに……」
「ちょっとくらい焼けても焦げても死にやしないでしょうが」
「し、死んじゃいますよぅ!」
 僕はぐすっと鼻を鳴らしてぶんぶんと首を振りました。

 冒険者組合では、組合員それぞれの得意分野を生かした職種を、名前と共に登録するシステムがあります。
ファニィさんは組合の補佐官ではありますけれど、とても身軽な優れた身体能力を生かして軽業師として登録なさっています。補佐官のお仕事がない時は、依頼を率先してこなされています。僕と姉様はファニィさんとチームを組ませていただいて、いろいろな依頼に当たるのです。
 僕はお喋りや戦うことは苦手ですけれど、物を作ったり調べたりすることが得意なので、からくり技師として登録しています。姉様はとても力持ちなので武術家です。

「あー……ったく。なんかどうにかする方法ないのかな」
 イライラと頭を掻いて、ファニィさんは歯ぎしりなさっています。僕はふと思い出したことがあり、お仕事の時に持ち歩いている鞄から手帳を取り出しました。
「あ、あの……ファニィさん」
「なに? 喧嘩売る気?」
 ファニィさんが面倒臭そうに僕をちらりと横目で見ます。
「え、えっと……その……と、扉の横の壁、のところなんですけれど……文字が刻んであって……」
「文字?」
 ファニィさんが僕の言葉に興味を持たれたようなので、僕は手帳のページを繰りました。
「あ、あの、その……ぼ、僕も読めない、古代文字コモンルーンのようなのですけれど……あ、ちょっとだけ分かる、のですけれど、でも……あの、ちゃんとは読めなくて……」
 僕が口下手なことをよく知ってくださっているファニィさんは、じっと僕の言葉を待っていてくださいます。怒っていらしても、僕や姉様のことをちゃんと理解してくださっているのです。
「資料……集めないとだめですけれど……たぶん訳せたら、扉は開く、と思います」
 僕がようやく言い終えると、ファニィさんの表情が一気にパッと明るくなりました。そして僕の頭を帽子の上から乱暴に、だけど優しく撫でてくださいました。
「そっかぁ! よく気付いたね、コート! 偉いぞぉ」
「え、えへへ。調べ物は、僕の役目ですから」
 ファニィさんの機嫌が直って、僕は少し照れながら上目使いにファニィさんを見ました。するとファニィさんもにっこり微笑み返してくださいました。
「よし! じゃあ午後から図書室で古代文字の解読だね。次こそは扉ぶち破って依頼解決させるよ!」
 僕は手帳を閉じて小さく頷きました。
「難しいお話は終わりまして? わたくしのケーキが無くなってしまいましたの。もうこれで最後でしたかしら?」
 僕とファニィさんがお話ししている間、姉様はゆっくりケーキを召し上がっていたようでした。姉様の前に置かれたお皿は綺麗に空になっています。
「あははっ! じゃあ、あんまり美味しくないけど、組合の食堂でお昼ご飯食べよっか。それが終わったらジュラは鍛錬室で体術の訓練でもして待ってなよ。あたしとコートは調べ物があるから」
「分かりましたわ。お昼は何がおすすめなのかしら? わたくしとても楽しみですわ」
 僕と姉様、ファニィさんは反省会を終了させて、昼食のために食堂へ向かいました。

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